最近のインターネットや新聞記事などをよむと、社会の常識を疑うような、また想像を絶する事件や事故の記事が、たくさん見られるようになっています。
それに、社会状況だけでなく自然界においても、爆弾低気圧による台風並みの吹雪や竜巻の発生、地震の多発など、昔と違った激しさが出ています。
また、太陽の冬の日差しにしても、昔は日向ぼっこが恋しいほど、冬の日差しは弱かったですが、しかし今では、真冬でも車の運転の時など、サングラスが欠かせないほどであり、また直射日光は肌がピリピリするほど強くなっています。
そして先日も書きましたが、雷の地震かと思うような鳴り方と、一気に土砂降る雨の降り方など、その激しさを増しているなど、これらは何か宇宙的規模での大変革の予兆ではないかと思われます。
その様な自然界の過激に合わせるかのように、我々の社会状況においても大企業の競争激化にはじまり、当然のようにその影響を受ける中小企業への余波で、国全体の経済も沈滞しています。
また、国会運営においても、多党乱立による政界の大変革がなされているなど、気を付けて周りを見回してみると、あらゆるものが過激化している状況である事が分かります。
当然のことながら、その様な環境で生活をしている人間も、昔のような穏やかでゆったりとした時間の流れや、人間同士や自然との優しさの関係の中で生活をすることもできず、自然と激情(ラジャス)の生き方を、余儀なくされてしまいます。
この様な激情(ラジャス)の社会では、ほとんどの人が不安やストレスにさらされ、そのはけ口として感覚欲望の快楽に向かっていきます。
しかし、人間の快楽の欲望は常に、常習性と進行性を伴い、いったん悪い習慣に陥ると、そこから抜け出す事が非常に困難になってしまいます。
舌の快楽としてのグルメ、性の快楽としてのSex、陶酔としての飲酒、射幸心を楽しむギャンブルなど、これらはどれも精神修行における大敵であり、度を越せば健康を害したり社会的地位を失うことにもなります。
たとえそれが、他人に迷惑をかけないからと言えども、個人的なことだからと言っても、誰もが見ていなくても、それは問題ではないのです。
社会の流れは自然現象と同じく、刺激的に過激的になり、それと並行して人間の感覚欲望もどんどん刺激的に過激的になっていきます。
人間として大事なことは、その行為が精神的進歩を伴う行動であること、つまりそれは道徳や倫理の基準に照らし合わせての行為であり、更にはインド哲学を学び、自分自身の尊厳としてどう生きるべきかを確立する事が、一番尊いことなのです。
この一番尊い、自己の尊厳を確立する行動こそ、魂としての浄化の行為であり、魂の汚れを削く行動なのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ