一般的に妄想と言う言葉は、誇大妄想、被害妄想、病的妄想、と言った使い方がされており、良い意味の言葉として使われていないのが普通だと思います。
辞書を引いてみると、みだりな想い、正しくない想い、と先ずはあり、そしてもう一つに、根拠のない主観的な想像や信念とあります。
一般的にはこの、「みだりな想い」という意味だけで、妄想と言う言葉を捉えているからだと想います。
しかし私は、もうひと項目にある、「根拠のない主観的な想像や信念」としての妄想を抱いているのです。
実際に私は、平成11年8月14のブログで「私は降臨者(アヴァターラ)」であると書いております。
私は今、自分は降臨者としてこの世に誕生したという想いと、クリシュナを背にして常に行動しているという、二つの大それた妄想を抱いています。
当然、私が抱いているこの二つの想いは、根拠のない主観的なものであるからして、妄想以外の何物でもないという事です。
しかし、そんな正否などはどうでも良いのです、大事なことはその様な言葉を発したり、表明したりする事こそが大事なことになるのです。
他人がその妄想を、認めようが、認めまいが、そんなことは問題ではないのです、どうでもいい事なのです。
要は、自分自身の意識として境地として、確信を抱いていることが大事なのです。
それは、精神世界では、意識や信念の確信こそが、現実そのものとなるからなのです。
私が表明している、「私は降臨者である」、という想いの本質は、輪廻を超えた永遠世界の存在を、完璧に自覚し確信しているという証である、ということなのです。
そして、その永遠世界に棲む、想像至上神クリシュナの使者として、迷える人々を精神的に導く使命を託されている、という降臨者としての目的意識をはっきり自覚しているからです。
また当然の意識として、次のクリシュナを常に背にして行動している、という言葉も出てくるのです。
この様な不遜と思える言葉を、遠慮することなく公言する事は、自分自身のおぼろげな意識から断固たる信念に昇華する、策励作用となるのです。
策励とは、自分自身を励まし鼓舞することであり、あくまでも自分自身の世界だけでよく、他人の思惑など全く考えいる必要はないのです。
その様な意味からすれば、自分を精神的に成長させる為の善き妄想は、どんどん抱いていけばいいと想っております。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ