バガヴァッド・ギーターを学ぶと、人間としてこの世に生きる目的や意義を、確信を持って断言することができるようになります。

それは、創造主神クリシュナが自ら友のアルジュナに諭した教えそのものであり、またあらゆるインド哲学の精髄を集めた聖典だから、私たちは疑うことなく、ただただその教えに確信を持って実践すればいいのです。

人間がこの世で生きる目的は、先ず第一に、物質次元から解放(ムクティ)されることであり、それは自ら発せられる欲望からの解放なのです。

その為の修行として、精神知識の獲得と心身の浄化の二つを同時進行させる事なのです。

精神知識の獲得とは、道徳とは何か倫理とは何か、そして宗教はどんな教えなのか、精神的向上の知識体系を知る事なのです。

これら道徳、倫理、宗教の教えを分散的ではなく、インド哲学へたどり着く為の順序だった教えであることを知る事なのです。

道徳では、他者への思いやり、赦す心、賞賛する心などを身に付け、また自分に対しては、陰ひなたなく正直である事、規則や約束を守る事、してはいけない事の我慢をする事などが、道徳として身に付ける態度なのです。

倫理では、社会生活を通じて、親子の親愛、夫婦の睦ましさ、雇用関係の忠義、上下関係の礼節、友達関係の信頼などを実践する事なのです。

そして、宗教の段階におけるその根本は、布施、供犠(ヤグニャ)、苦行の三つを理解し実践することにあるのです。

布施の本質は財の執着を無くすと言う、無執着の実践であり、また他者に奉仕と貢献をするという意味もあるのです。

供犠(ヤグニャ)とは創造主神に対する宗教的義務であり、神々の崇拝、宇宙や物質自然の法則を学ぶ、独身において純潔を保つ、家庭においては子供の教育と先祖の供養、感覚欲望の抑制、などを行う事が、供犠(ヤグニャ)の行為なのです。

また苦行の本質は謹厳なる生活を実践する事であり、その実践も行動での謹厳、言葉での謹厳、心での謹厳の三つの謹厳があるのです。

行動における謹厳は、崇拝、清潔、正直、禁欲、非暴力であり、言葉における謹厳は他人の心を動揺させることを言ってはいけない、人心不乱の態度である事、そして心における謹厳は、足る事を知る知足、厳粛、率直、自己支配、浄化などがあるのです。

この様に、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学ぶと、全ての精神的進歩における修行カリキュラムを体系的に捉える事ができるようになり、この世に生きる目的は何か、その第一歩として先ずは何をなすべきか、これらの問いに対する答えを完璧に確信し断言できるようになるのです。

それぞれ、道徳、倫理、宗教を、個別的にではなく体系的に捉えて学ぶべきであり、決して独立した教えとして捉えてはならない、と言う重要性をしっかり認識しなければなりません。

それでなければ、精神的進歩と言う概念すら持ち得なくなってしまい、いつまでも同じ精神段階に留まってしまう愚行を犯すことになるからです。

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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ