この映画は、人間界で人間が精神的に覚醒する過程とそのための条件が、ドラマの中で知ることができるように、構成されている。

普通では、何回も何回も自分が犯したカルマ(業)の反動をうけながら輪廻して、精神カテゴリーを上昇しなければならないところを、ドラマではそれを凝縮した形で教え示しているのです。

主人公の将軍が犯した残忍な所業のカルマ(業)として、自分だけでなく妻子も悲惨な目にあい、ついに愛児も失うことにもなってしまうのです。

将軍は、逃亡中に這い上がれない猪の罠の穴に落ち、助けられますが、大金のかかった手配書もまかれていることを知らされるのです。

悲惨などん底の苦しみと絶望を味わった将軍は、今迄の行いを深く懺悔し、少林寺に出家し浄覚(じょうかく)という僧侶になるのです。

これは、クシャトリア階層からブラフマナの階層に、一気に精神的カテゴリーの上昇を果たした、と言う事を意味しています。

人間は、どん底の苦しみと絶望にある人ほど、逆に悟りの門の前に立っていると言う事なのです。

そして彼は、かつての自分と同じ迷妄の中にある部下を救うのは、自分の責任であると命をかけて説得するのです。

これは、クシャトリアの人間はクシャトリアの人物を救うことはできず、精神的上位階層であるブラフマナの精神性をもたなければ救えない、と言う事を意味しているのです。

これは、宗教階層のブラフマナでさえも、物質次元の輪廻を脱することはできず、物質次元の輪廻を超越するには、宗教より上位階層にあるインド哲学を修得した者から教えを受けなければ、輪廻は解脱出来ない、と言うことにも通じるのです。

この新少林寺の映画は、人間が精神的に向上するとはどんな事かを教えてくれる、稀にみる秀作だと思います。

では最後に、この映画の最後に流れる、主題曲の字幕スーパーをお読みください。

なぜこの因縁に気付こうとしない、悟りを得て一切を受け入れよ、この因縁に気付くべきなのに。

道に背き惑うことなかれ、心に宿る執着を捨てよ。

望むほどに己を縛り、捨てるごとに煩悩は消えゆく。

縁を頼りに苦難を乗り越える、縁なき想いは内に秘めよ。

俗心を断てず振り返る時は、あなたの幸せをそっと祈ろう。

空を悟れば心は解き放たれる、真理を知れば新たな世界がひらく。

因果の行く末に思いを巡らせても、生死の瞬間は誰にも分からない。

憎しみを捨てて無我を得よう、恨みを捨てて喜びを得よう。

欲にまみれて悪に手を染めた時、悔い改めればいつか救われる。

どんな偽りも天は騙せはしない、ただ心の溝を深めるだけ。

人々が欺きあえば、信じあう術を失い、猜疑心が己を苦しめる。

慈悲の心が、永久の平安を生み、愛の力で万物は結ばれる、ただあなたの幸せを願いながら。

バガヴァット・ギーターのHPhttp://www.ichigenkuyou.jp/indo.htm

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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ