今日はちょっと難しお話になるかと思いますが、「哲学をするとはどんな事か」 について考えてみたいと思います。

一般的に、哲学を勉強している人を探すには非常に難しい、ことではないかと思います。

例えば、大学に哲学の学部がある大学を探すのは難しい事と、また参加している学生数を見れば、それだけで人気のない学部であることも分かり、当然哲学を学ぶ人の数も少なくなると言う事なのです。

それは哲学を勉強しても、一般社会ではその知識をもって有効的に、企業活動に寄与することは無いからなのです。

また哲学を学ぶには以前、哲学の捉え方自体が三つあることを、具体的な例をもって詳しく書いております。

1-知識として哲学を捉える、知識哲学。

2-歴史上の偉大な人の生き方を教訓として捉える、教訓的哲学。

3-人間の本質的生き方を知って信仰心を基にした、実践哲学。


ここでの順番も、学んでいくべき順番となっており、また一番大事な終極の学びが、インド哲学である事が、一番重要なことなのです。

先ず、あらゆる哲学を学んでいたとしても、それらの哲学すべては、インド哲学に到る途中段階である、という認識を持つ必要があるのです。

また、インド哲学は実践哲学であり、実践を通じて魂が、究極の目的地に赴く事を学ぶものなのです。

インド哲学バガヴァッド・ギーターを学ぶ目的は、魂とは何か、その目的地は何処か、そしてそこで何をするか、究極の目的であるこの三つを極めることになるのです。

また、実践を通してとあるように、これらの真理をつかむには頭での知識としてでなく、日常の行動がすべて教えに基ずく行動であること、そしてそれをを通して、確信を深めることが大事なのです。

それは、知ることは行うことである」、と言う原則に照らし合わせての事なのです。

哲学の哲は、折ると口の複合文字であり、折るの意味は、きっぱり、ずばり、の意味があります。

従って、哲の意味は確信をもって断言できる、またはする、
と言う意味になるのです。

つまり哲学は、確信をもって断言できる事を学ぶことになると言う事なのです。

従って、その人その人が、確信をもって断言することは全て、哲学であると言うことにもなり、哲学の観点からすれば、相手の意見と全く同じである必要もないと言うことでもあるのです。

勿論、相手の考え方に賛同し共感できる事ならば、それはそれで結構なことなのです。

しかし、この確信をもって断言する、または断言出来ることは、その人に幅広い人生体験が必要となり、それと同時に、この世の真理を極めたインド哲学バガヴァッド・ギーターを熟知しなければ、出来ないものなのです。

世の中のあらゆる現象を考察し、分析し、体系づけて確信を得るには、知識と実践の相互の照らし合いがなければ、確信をもって断言できる言葉は出てこない、と言うことなのです。

バガヴァット・ギーターのHPhttp://www.ichigenkuyou.jp/indo.htm

バール・クリシュナ・フミオHPhttp://www.ichigenkuyou.jp/

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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ