インド哲学バガヴァッド・ギーターは、今から5千年前に、創造主神クリシュナが友のアルジュナに諭された、創造主神の御言葉そのものなのです。
先ずはこの真実を、素直に真摯に受け入れることから、全てが始まるのです。
少しの疑念や迷いがあっては、信仰と言うものは無きものに等しいものとなってしまうのです。
とは言え、いきなりこんなことを要求しても、ほとんどの人には受け入れられず、逆にこちらの常識を疑われてしまいます。
それだけに、インド哲学バガヴァッド・ギーターの話をするには、相手が素直に受け入れることができる高い精神状態であるかの、見極めが非常に大事なのです。
物質次元にどっぷり浸かって、物欲に突き動かされて生活している人に、いきなり精神的に生きる重要性を説いても絶対に、精神的の意味も理解できず拒絶の態度が返ってきます。
精神的とは、自己の存在を魂であると完璧に捉える意識であり、自分の行動を主体的に意識する意志であり信念なのです。
また、それら正しく行動する意志や信念を創りだす、創造主神が諭した教えが精神知識であり、その教えに則した行為行動を、精神的活動と言うのです。
その創造主神クリシュナの示した教えこそ、インド哲学のヴェーダ、ウパニシャドウ、スムリティ、プラーナ、ヴェーダンタスートラなどです。
これら数多くある哲学を、体系的に要約したのがバガヴァッド・ギーターであり、全てのインド哲学のエッセンスなのです。
しかし、ここで重要なことは、この教えが説かれた時代は、まだまだ物質文明が発達していない時代であり、食べ物や生活様式や社会環境が今とは全く違っている中での教えなのです。
従ってバガヴァッド・ギーターの中で説いている教えを、そのまま今の生活スタイルに取り入れるのは逆に、真の教えに合わない事にもなる、可能性があるのです。
例えば、人生の修行区分として林棲期(りんそうき)というものがあり、その時期は家族を捨て山にこもってヨガの修行をしなければならない、と説かれています。
しかし、これをそのまま、高度に複雑に多様化し、またスピード化した物質文明が極まった社会のなかで、超古代と同じような修行をしてしまえば逆に、修行の本質からずれることにもなるのです。
この様に、複雑極まる今の時代と、超古代の生活環境での修行は、当然異なる形になるのですが、その人がおかれた境遇に相応しい修行はそれぞれその人その人によって無数にあるのです。
従ってインド哲学の指導は、当然その人その人に合った指導が必要となり、それは個人指導の形となるのです。
それだけに指導者は、本からの精神知識だけでなく幅広い人生体験を積んできてなおかつ、今の社会情勢を子細に知っていることも必要となり、それによってのみ偏らない、正しい指導と言うものができるのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ