私がバガヴァッド・ギーターを指導している一人から、次のようなメールが来ました。


ギーターのバクティヨガの解釈は、先生がモットーとされている、布施を集めず、離れる人を追わずと違いまね。

だから先生が、誰にでもギーターを薦めない訳が理解出来ました。

このギーター解説を楽しく読んでいましたが、布施のくだりになると違和感を感じていたのです。

先生に教えて頂いていなければ、私もカルトにはまる所でした。
ありがとうございます。



カルト教団とは普通の宗教団体とは違い、その活動が著しく社会や個人の生活に、悪い影響を及ぼすような、狂信的団体を言うのです。


しかし、精神的発展を目指す一般の宗教の集団は、その教団の教理があり組織をもち、集団を維持発展させる目的を持っています。


それは効率よく大勢の信者を、その教団の教理に一方的に信じ込ます働きを持っているのです。


私はその様な事も、哲学の正しい学びに到る一つの道として、必要な通過過程であると思います。


それぞれの人が、自分の好みに合った宗教団体で学び修行する事は、哲学にいたる道として必ず通らねばならないと思っています。


それは何回も何回も輪廻を重ねて、いろいろな宗派や教団の修行をしなければならないのです。


この様な教団や宗派の教えに興味もなく、独学で宗教を超えた真理を求めようとする人は、本人は気付いていなくても、数多の輪廻において既に宗教の修行を終えた人なのです。


従ってその様な人は、集団で宗教を学ぶ事には全く興味がわかないのです。


この様な人は、一つの宗派の教理の先にある、普遍なる永遠不滅の真理を、目指そうとするのです。


丁度、ヒマラヤ連山のあちこちの山を登頂した人が、いよいよ最高峰のエベレストを目指そうとする心境と同じなのです。


哲学を学ぶにあたっての師弟関係は、宗教を学ぶ段階とは違い、基本的には一対一の関係でなければならないのです。


指導にあたっては、生徒各自の精神レベルによって、同じような質問でも回答を変えなければならない難しさがあるからなのです。


哲学の指導者は、生徒の精神レベルの判断と、その生徒の質問に合致した適切な回答をしなければならないからです。


宗教団体が信者に教理を、一方的に多数一括に教えれば良いのとは違うのです。


そして、その教えは肉体的、欲望的、この世的から超越した、精神次元の高いものであり、生徒の精神的発展と独立自尊を尊重しなければならないのです


指導者の報酬は、その生徒が自主独立をし、更にバガヴァッド・ギーター広める姿を歓びとする、それがインド哲学指導者の報酬なのです。


つまり精神指導者の報酬は物質次元ではなく、生徒の精神的成長なのです。


名誉を求めず、人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず、これがインド哲学を指導する、私の原理原則なのです。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。


バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。


私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ