私たちは、欲望と言う檻(おり)の中に閉じ込められて、生活を余儀なくされているのです。


自分と言うものを、また正しい生き方を、しっかり認識する為には、先ずは自分の本質は魂であるとの視点に立って物事を考察する必要があります。


欲望の檻とは、動物としての食欲、性欲、睡眠欲、保身欲の檻であり、そしてもう一つは人間として湧きおこる物欲、名誉欲、支配欲の檻なのです。


これらは全て肉体が生存する為の、また肉体を飾る為の、物質的肉体的の欲であり、全て求める欲であると言うことが分かります。


この様に、人間は欲の為に生きている、と言っても過言ではないのです。


しかし、人間として精神的に向上しようとする意志も、欲望なのですから、欲望と言うものも決して悪いものではないのです。


そしてまた、欲望が与えれれていると言うこと自体は、それが必要であるから備わっているものであり、つまりそれは至上主神の計らいでもあると言うことなのです。


従ってこの欲望と言うものを正しく理解する必要が出てきます。


先ずは、欲望の分析として、その欲望が物質的肉体的であるか、また精神的なものであるかの視点に立つことが必要です。


ここで大事な事は。名誉欲も、支配欲も、肉体に付ける欲ですから、目に見えないけれどもこれも立派な物質的肉体的な欲望なのです。


精神的なる欲望とは、魂の向上発展の為の精神知識を習得しようとする欲望であり、またその教えに沿った生き方を実践する欲望を精神的欲望と言うのです。


他方、物質的肉体的欲望とは、精神的欲望以外の全ての欲望を、物質的肉体的欲望であると言うことなのです。


また物質的肉体的欲望には、恵みを与える、奉仕する、解放すると言った善意の欲望と、逆に求める、奪う、束縛すると言った、自己の利のみを欲する我慾の二つに分けられます。


欲望を分析すると、精神的欲望と物質的肉体的欲望に分けられ、更に物質的肉体的欲望も善意の欲望と我慾に分けられと言うことになるのです。


この様に分析をしますと、物質的肉体的欲望はこの世で生きて行く為の欲望であり、精神的欲望はこの世から脱する為の欲望と言うことになるのです。


人間の苦しみの根源は肉体を持っているからであり、その肉体からか解放される術こそが、精神知識の修得にあるのです。


したがって、精神的欲望を果たさない限り永遠に輪廻を繰り返すだけとなり、人間としてこの世に生まれて来た意義は無い言うことなのです。


れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。


私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ