春の種まき準備に、忙しく働く使用人に農家の主人は、朝ごはんを配っていた。
その時姿勢を正した、托鉢姿の釈尊が、主人の目に留まったが主人は、その分け前を施そうとはせず、それどころか彼は、つかつかと釈尊の前に近づいて行き、言葉を投げかけた。
そして釈尊は、その言葉に対し「主人よ、私もまた種をまき、耕し、食を得ているのである」。
主人は釈尊の、予期せぬ意外な答えにけげんな顔をし、訝しげに見つめるのであった。
そして主人は、釈尊の牛も、鍬で耕す姿も、見たことも無き故にあえて、その真意を問いた。
「汝は自から、耕す者なりと言うも、我は汝の耕すを見たること無し、われは敢えて、汝に問わんとする、我らはいかにして汝の耕すを、知ることを得べきか」。
人間精神の荒野を耕し、精神的悟りを得て、人生の苦悩から解かれる修行も 釈尊は、「我も耕すと」と、語ったのである。
<我は教えの対価を受けず>
「我は教えを説いて、食を得るものにあらず、そは、知見ある者の行為にあらず。
故に我は、教えの対価は受けず。ただ、精神の荒野を耕すが我が、修行なり。
もろもろの煩悩を、つくし果たして、まことに尊敬すべき聖者を見なば、主人よ、かかる人に供養せよそこは、功徳を求むる者の、福田となであろう」。
供養とは本来、人間の優れた人格や、聖なる尊厳に対する、敬意でなければならない。供養は、対価であってはならない。
諭された故に施す供養はもはや、供養の純粋的価値を無くしているのである。
托鉢修行者への供養はただ、尊敬の念より、与えられるべきものであり決して、説法の対価として、与えるべきものではないのである。托鉢はただ、黙然として家々を訪れ、供養する者があれば受け、与える者が無ければ立ち去るただこの、作法のみである。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ