そのとき人は、誉められても、貶されても心を、乱されることもなく、得ると得ざるとによりて心を動かされることもなく、憂いもなく怒りもなく、ただこの上もなき安らぎの中にある、人間の幸福はこれに勝るものはない人よくかくの如きを行いおわば、何処にあるも打ちかたるることなく、何処に行くも幸い豊かならん、かかる人々にこそ、最上の幸福せはあるであろう。
人間の本当の幸せはとは、幸福感を味わえる、ある一定の状態をさすものではないそれは、生きていく状況と境遇において、人間だけが持つ、理性や知性に即した、 善なる生き方こそが、永続性を伴う真の、幸福なのである。

台本制作&語り バール・クリシュナ・フミオ


修行目的の一つとして、心身の浄化があります。


人間は何もしないでいることはできません、いや常に、何かに突き動かされている存在なのです。


その突き動かす原動力は、動物的本能(食欲、性欲、保身欲)や人間の独自の欲望(物欲、名誉欲、支配欲)などの潜在的力であり、これこそが、人間の浄化の大障害となっているものです。


しかしその突き動かすものこそ、これまた人間の本質である為に、この欲望自体をなくすことは、人間の存在を否定しまう事にもなるのです。


したがって、欲望は人間の精神的向上の為にこそ活かすものであり、その活かし方を学ぶ事こそ、この肉体を持って現世で生きる意義がある、と悟らなければならないのです。


道徳を学び倫理を実践し、自己の本質は欲望に翻弄されない魂であるとの不動の認識に到れ、と言うことなのです。


この自己の本質は魂であると確信にいたれば、肉体から湧きおこる諸々の欲望や、肉体に付きまとう名誉や賞賛非難などに惑わされる事も無くなるのです。



そのとき人は、誉められても、貶されても心を、乱されることもなく、得ると得ざるとによりて心を動かされることもなく、憂いもなく怒りもなく、ただこの上もなき安らぎの中にある


この境地こそが涅槃(不動心を得た状態)と言う悟りの境地であり、周りの人々や環境には全く囚われない自由な心境となるのです。


この涅槃(ねはん)とは、吹き消すと言う意味があり、諸々の欲望を払しょくし、欲望から解き放たれた境地をいうのです。


この境地を得れば人間としてこの世で、何処にいても、どんな時でも、生きて行く上では、最高の幸福観を得る事ができる、と釈尊は言っているのです。


人間の幸福はこれに勝るものはない人よくかくの如きを行いおわば、何処にあるも打ちかたるることなく、何処に行くも幸い豊かならん、かかる人々にこそ、最上の幸福せはあるであろう。


そして最後に、人間の幸福(しあわせ)とは、お金があるとか、若くて美しく健康であるとか、地位名誉があるとか、ある状態をもって幸せであると言うものではない、と言うことなのです。


本当の幸せとは、その時の境遇や状況に応じて、人間として他の動物では成し得ない、理性や知性に則した生き方こそ、最高の幸福を得る生き方である、と釈尊は説いています。


人間の本当の幸せはとは、幸福感を味わえる、ある一定の状態をさすものではないそれは、生きていく状況と境遇において、人間だけが持つ、理性や知性に即した、 善なる生き方こそが、永続性を伴う真の、幸福なのである。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ