昨夜、駿東郡清水町のインド哲学塾をやりましたが、そこで生徒さんから次のような言葉が出てきました。
「先生のブログをプリントアウトして、ジックリ読んでいますが、文節としての意味は分かりますが、全体を通すと、ガシッと意味が理解できないのですが」
この質問に対して私は、それは言葉の意味を、精神的観点からの理解ができていない、のがその原因であると言いました。
そもそも、私自身が数多く使っている、「精神的」という言葉自体が既に一般的に抽象的です。
しかし私のブログ内検索で「精神的とは」と検索すれば、「精神的」の意味に関する解釈や定義を、幾重にわたって書き綴っております。
既に私は2011-08-23日時点でこの精神的の意味を次のように記しておりました。
一般の人々が言っている精神的とは、心で感じる感覚的なムード的な、そして霊的な事を精神的といっていますが、本来の精神的の意味はそんな曖昧なものではないのです。
精神的とはインド哲学のヴェーダ、ウパニシャドウ、ヴェーダンタスートラ、スムリティなどで示された、絶対神クリシュナの言葉そのものであり、それらに精通した知識とそれに基づく行為を、精神的と言うのです。
この様にインド哲学を学ぶにあたっては、哲学独特の基礎的解釈を完璧に理解していなければ、曖昧な勝手な解釈となり、本質がつかめなくなってしまうのです。
その他私は、精神エネルギーとか物質エネルギー、または上位エネルギーとか下位エネルギー、その他エネルギーと言う言葉を良く使います。
しかし、一般的にエネルギーと言いますと、熱エネルギーとか電気エネルギーと言った程度の、物理としての発想しか持っていないのです。
ここでも、エネルギーの解釈を哲学独特の基礎的解釈として身に付けていなければ、精神的観点からの理解に困惑してしまうのです。
結局、文節段階での理解にしても、まだ物質次元の解釈としてとらえているところに混乱をきたす原因があるのです。
これは慣れの問題であり、物質次元にどっぷりと浸かりきっている人には、その頭の切り替えがなかなか直ぐには出来ない、と言うことなのです。
それは丁度、川で生まれた魚が海に出るときに、塩分濃度の調整をしなければならないのと同じ理屈なのです。
精神世界における、文節の理解を深める一番良い方法は、辞書を引くように、このアメーバーのブログ内検索で、精神知識に関する言葉を検索するのが、最上の方法ではないでしょうか。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ