人間は、一生を突き動かされて生きて行く ものです。
その人間を突き動かすものとしては、肉体に備わっている本能、欲望、六つの衝動 (食べたい、味わいたい、喋りたい、動きたい、性の衝動、怒りの衝動)があります。
またその他に、人間が意識できない無意識に突き動かされるものとして、未顕現意識(トリグナ)と言う作用があります。
それは生命体が物質次元に入れば、必ずこの未顕現意識(トリグナ)にとらわれる、のがトリグナの厳然たる掟であり、しかもこのトリグナはその人が前世に活動した諸業(カルマ)として持って生まれてくるのです。
その未顕現意識(トリグナ)は無知(タマス)、激情(ラジャス)、徳性(サットヴァ)と言い、無意識にその人の性質として包み込んでいるのです。
性質とは正にこのトリグナを言うのであり、おとなしいか活発か、知的か愚かか、などその人が持ってうまれてくる天性や質性なのです。
このトリグナがその人の基本的な行動様式となり、その人の趣味や仕事がどんなものに興味を持つかが決まってくるのです。
その趣味や仕事を通じて、今度は色々な場面において、その人の持つ未顕現意識(トリグナ)の無知、激情、徳性が現れ、各自の特有のある程度持続的な感情や意志の傾向が性格として築かれていくのです。
ここで大事な事は、自分の性格は創りあげることもできる事に気づくことが大事なのです。
それこそこの未顕現意識(トリグナ)の存在を知り、トリグナに囚われている自己を分析し、それを改善していくところに、人間として生きる修行の目的がそこにあるのです。
人間はじんかんと言い、動物としての肉体的存在に留まるか、また魂として精神的存在に昇華するか、その中間的な位置に存在しているのです。
自らの意志(エネルギー)によって、自分を本能と欲望にまみれて生きる動物次元に止めておくか、精神的知識と実践をもって、魂としての自己を確立していくか、この認識こそが人間として目指べき方向性なのです。
この自らの意思(エネルギー)によってが大事な事であり、この意志こそが魂の自覚の根源なのです。
もしこの意志がなければ、人間は肉体の本能と欲望、それに誰もが気付かない未顕現意識(トリグナ)によって、生まれながらの性質で突き動かされた人生を、ただ送るだけとなってしまうのです。
人生は自ら強い意志を持って、精神的向上をめざし、断固たる決意で実践して自己を創りあげる、これこそが人格として築かれたものとなるのです。
人格とは、人間(じんかん)の実態を理解し、未顕現意識に突き動かされている人生から、自らが主体的に目的をもって、生涯つうじて創りあげる来世の性質の元となる魂の性格なのです。
つまり、性質は持って生まれて来た肉体から発せられ、性格は未顕現意識に作用され、人格は魂の根性として、自らの意思で創りあげるもの、と言う事なのです。
これらは、インド哲学に書かれており神の定めた真理なのですが、それ故バガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能と言うものなのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ