昨日、スカイプで指導をしている同志からメールがありましたので、その事で記述したいと思います。
この方とは毎週一回、一時間半ほど話をします。
これと言った議題やテーマは決めておりませんが、話の中でその都度、これは大事なことだと気付いたことを、話しております。
お忙しいお時間を使って頂き、ご講義どうもありがとうございました。
昨日も盛りだくさんの内容でしたが、意識、信念、精神知識を魂に刻み込む事。(刻まれているのは受動的)と肉体と魂の喜びの違いが解りました。
この違いはどうしたら解るのか考えていましたが、先生が教えて下さった 肉体の喜びは悲しみ、苦を共にする、という目安はシンプルでハッキリと理解できました。
「生きて来た様にしか死ねない」というお言葉も心に刻み付けておきます。
魂に刻むとはどういう事かと言うと、心に思っていることをやり続け、無意識レベルで自然に反応してしまう、と言うところまで積み重ねる事です。
また魂に刻み込むと、刻み込まれてしまうとは、全く次元の違うことで、刻み込まれてしますのは受動的な事であり、毎日毎日繰り返される習慣がくせとなり気質となって自然に魂に刻み込まれてしまうのです。
大体この、刻み込まれたものはあまり良くない習慣的なものであり、それが原因で来世の生れが決まるのです。
私たちはほぼ毎日、学校に行ったり、会社に行ったり、また定年後は定年になったで、散歩やスポーツ習い事など、それなりに決まったことをやる生活があると思います。
その他に、特別に計画したことや、急に用事ができたりして、特別に行動することもあります。
しかし、ほとんどの人の人生は、本質的に突き詰めれば、生きていくために、同じような繰り返しを毎日やっているのが現実なのです。
その繰り返しの人生の中身が、肉体維持の為に、快適な生活を営むために、また楽しい生活をする為にが、その目的であったならば、それは犬、猫、猿、同様の生き方でしかないのです。
ただその生き方が人間の場合、他の動物よりも知的で手先が器用で、高度な社会生活を営んでいるだけの違いでしかないのです。
そこで大事なことは、他の動物と人間との決定的な違いは「魂の修行」と言う点にあるのです。
この魂の修行をしているかしていないかの点で、動物として生きている人なのか、人間として修行している人なのか、決定的な相違となるのです。
普通の動物は本能に生きる動物であり、しかし人間は魂に目覚める事ができる動物なのです。
その魂の目覚めとは、自己とは何か、その自己を創った創造主はどんなものか、その根源に目覚めることなのです。
その、魂の精神的知識である自己とは何か、自己はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、この世界を創っている存在は何か、その存在は我々とどう関わり合っているのか、などの疑問をはらし、その答えに確信を持つ事が大事なことです。
そしてその確信をもって、毎日の生活で精神的知識の実践を重ねながら、魂に深く刻み込んで行く事が、人間としての本当の生き方なのです。
この様な人間の本質に気づき、そのあるべき生き方を目指し、毎日の生活で実践し続けたならば、もう間違いなく苦しみの輪廻を脱し、魂の生まれ故郷である創造主神クリシュナの住む精神惑星に赴くことができるのです。
そして、そこで我々の魂はクリシュナと共に永遠の歓喜を楽しむのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ