精神的修行における、大事な修養過程として、聴く、体得、説くの三くを知ってほしいと思います。
先ずは精神的知識を得るには聴くことである。
書物の精読ではなく、精神指導者の言葉を聴き、その真意を理解することが、その第一歩となります。
それは、各自の勝手解釈による誤解を防ぐためなのです。
精神的知識の解釈は、その人の質性によって、自分の都合のいいように、また理解の浅い段階に留まっての解釈になってしまう、二つの危険性を孕んでいるからなのです。
以前のブログにも書きましたが、例えば非暴力と言った意味は、一般的には相手に肉体的、精神的に苦痛を与えない事、との解釈に留まります。
しかし、精神的解釈としては、暴力は相手に対してだけではなく、自分の肉体にも知らず知らずに暴飲暴食と言う暴力をしており、この様な無意識の自他に対する暴力をやめる事こそ非暴力であり、その為の精神知識の習得と実践の行動を非暴力と言う、深い解釈になるのです。
と言うことで、まずは精神的知識の習得は、精神指導者からの直接の言葉による指導を受けなければ、正しい精神的発展は望めない、と言うことです。
その次の体得は、言うまでもない事ですが、実際に身体を使って経験することを言うのです。
頭で記憶している事は、観念に留まりっているものであり、それが実際に必要となった行動場面においては、行動としてそれが直ぐに起こされないのです。
やはり、身を持って体得しなければ、実際に必要な場目に遭遇しても、反射的に行動が起こされないものなのです。
そこに、この娑婆世界で生きていく難しさがある訳です。
行動ができてこそ、知ったと言う事であり、それを陽明学で言う「知行合一」と言うものです。
知ることは行う事であり、行いを以って知った証とする、となる訳です。
そして、最後の説くは、身を以って知ったことを多くの人に述べ伝えてこそ、その真意を強く確信する境地に到る事ができるのす。
この人に説く行為が非常に大事であり、人に教えることは二度学ぶ事になり、その説く行為が更なる確信を深める事につながっていくのです。
さらに、この確信を持って行動する力こそが、夢を現実化していく強力なエネルギーになっていきます。
一般的に、人間は保守的な動物なのです、それゆえ今迄の行動を自然と繰り返すことに安住をしてしまいます。
しかし、そんなことは娑婆世界では許されないように、自然災害や社会の発展が身の回りにどんどん起こってきて、おのずとその事態に対応しなければならないように、創られているのです。
そのような、事態の対応に迫られた時に、自信を持って確信していく行動こそが、その人を精神的に高める原動力となっていくのです。
この精神性を高めるためにも、聴く、体得、説く、の「三く」を実践しようではありませんか。
私はその中の、説くを毎日ブログで実行しておりま~~す。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ