昨夜、私のブログを熱心に熟読している方から、次の点が良く分からないと、スカイプで質問がありました。


それは8月8日に記述した、「放射能(線)は至上神(ヴィシュヌ)そのものである」のブログの中の一節でした。


1-神は、我々が手にする物質を、素粒子レベルの存在になって物質を構成し、人間が目で見たり手で触ったりする事のできる物として、提供しているのです。


2-さらには、太陽の光のように物質を越えた光の光子としても存在し、もっと細密な存在としては意識としてその存在があるのです。


この二つの文節の意味がよく分からない、とのご指摘でした。


これこそ神の存在がどのようにあるかを理解できれば、疑問なく理解できる文節と思います。


逆を言うなれば、これが理解できていないと言う事は、具体的な神の捉え方として、自分の周りに神は編満、片鱗、偏在の三つの状態で存在している、と言うことが分かっていないと言うことなのでしょう。


1-編満の状態とは、宇宙の全てを構成している物質的存在のブラフマーとして、満ち溢れる光的編満の姿


2-片鱗の状態とは、私たち個人の魂に常に寄り添い、全ての行動を目撃している、良き友のパラマートマーとして片鱗している姿


3-私たちが手にする物質全ての、原子構造のさらにその先にある素粒子として偏在している姿


この三つの編満、片鱗、偏在の存在が、同時にまた永遠に存在し続けるのが創造主神の、神秘的姿なのです。


つまり私たちは「神の掌の内で、神と共に生きている」と言うことなのです。


この宇宙を構成している生物や物質の全ての産みの親であるブラフマーは、ガルボーダ・カシャイーヌ・ヴィシュヌから生まれ、またガルボーダ・カシャイーヌ・ヴィシュヌはクリシュナの直接拡張体なのです。


また、私たちの魂に常に寄り添っているパラマートマーと、全ての物質構造の素粒子として偏在しているスーパーソウルの二つは共に、クシローダ・カシャイーヌ・ヴィシュヌであり、このクシローダ・カシャイーヌ・ヴィシュヌもクリシュナの直接拡張体なのです。


このように、三つに拡張された神の姿は、突き詰めれはすべて、精神惑星の最高峰ゴーローカ・ヴェリンダーヴァンにいるクリシュナにその大原因として到る事ができるのです。


この真理を理解し、主語として「神は」を次のように入れれば疑問に思われる文節も、氷解出来ると思います。


1-我々が手にする物質を、素粒子レベルの存在になって神は物質を構成し


2-さらには、神は太陽の光のように物質を越えた、光の光子としても存在し、


この様に神の存在を編満、片鱗、偏在の三つの姿として捉える事が理解できれば自然と、賛美歌に歌われている「神と共にいまして、ゆく道を守り」の尊いお言葉が、身にしみてくると思います。


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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ