人間は他の動物と違い、財欲、名誉欲、支配欲、の三つの特有の欲が備わっています。
当然この欲は、創造主神から与えられたものであり、それ自身は決して悪いものではないのです。
要するに、その目的と程度なのです。
人間はこの物質次元の世界で、魂を向上させるために人間と言う生物体に宿ったのです。
そして、人それぞれに個別性があり、またその人その人の、魂の発展段階があるのです。
その発展段階によって、それぞれの人間にやるべき四つの職業義務(ヴァルナ)が課されている訳です。
それは一般的にインドで制定されているカースト制と言うものですが、これは身分差別的に扱っては絶対にならないものです。
これはあくまでも職業区分であり、その人の魂の発展段階によってやりやすい職種分類であり、決して身分の上下や貴賤として、差別的に扱ってはならないものなのです。
この職業区分における、仕事を通じての修行目的はすべて「他者に対する「奉仕と貢献」なのです。
労働者は雇用主に対して、商業、工業、農業の経営者は消費者に対して、行政公務員は国民に対して、それぞれが奉仕と貢献を通じて魂の修行をすることが、その目的なのです。
決して、自分自身に対してまた身内のものにだけと言った意識では精神的向上は図れないのです。
常に、他者に対する貢献と奉仕こそが魂の発展のガキなのです。
これらの職業において職責を果たすためにその欲として、財欲や名誉欲や支配欲が付随してくるのです。
これらは、高度な文明社会になればなるほど、その欲望は多方面に喚起され、そしてその欲望によって社会も益々発展するのです。
しかし、その欲望にはきりがなく、これらの欲望はどんどんエスカレートしていって、いつしか貪欲に変質してしまいます。
必要は発明の母までの段階は良いのですが、発明は必要の母となっては、これはもう本末転倒なのです。
こうなると今度は逆に欲望に振り回される事になり、人々が住みずらい社会となって、人間を苦しめる事になるのです。
この状態になると、この三つの、財欲、名誉欲、支配欲は、人間として魂の修行をすることにおいては、逆に非常に障害となる意識となってしまうのです。
自己の本質は魂であり、その魂としての修行の最終目的は創造主神を崇拝し帰依し服従してその精神性を達成させて、創造主神の基に還ることなのです。
この崇拝し帰依し服従の姿勢における最も障害となる意識が、名誉欲と支配欲なのです。
この二つの意識が強ければ強いほど、魂の産みの親である創造主神神に対する敬虔な意識は持てず、ましてや崇拝の観念すら生まれないのです。
と言うことは、それらの魂は、永遠に苦しみの物質世界に閉じ込められて、輪廻の繰り返しを余儀なくされる、と言うことになるのです。
偽りの名声を求めず、幻想や誤った交際をすて、物欲を持たず永遠性を理解し、惑わされること無く苦楽の二元性を超越し、至上主神に服従する術を知るものは、主の永遠の王国に達する<バガヴァッド・ギーター15章第5節>
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ