享楽の意味は、辞書では「快楽にふけり楽しむこと」とあります。
この快楽を分析する事によって、享楽の真意が理解できることを今日は記述したいと思います。
単に辞書での解釈では、享楽の捉え方があいまいであり、勘違いの元となります。
哲学的には、享楽と快楽は全く別物として、捉えなければならいのです。
これを、味噌も糞も同じ感覚で行動しているところに、人間界の大きな過ちが起こされているのです。
その違いはズバリ、精神的な歓喜と肉体的な悦楽との、よろこび楽しみの違いです。
肉体的な悦楽の代表は、グルメとセックスです。
その他には飲酒、タバコ、ギャンブル、スポーツ、ゲーム、映画、芸術鑑賞、観光、その他の娯楽などがあります。
これらはすべて肉体や心で悦びをを得るものであり、それらはすべて肉体の持つ五感覚器(目、鼻、耳、舌、身体)と心の歓びなのです。
ここで大事なことは、心での悦びも肉体の領域であり、哲学的には物質次元であると言うことなのです。
一般的には、心での芸術鑑賞は精神的な高尚なものであると想われていますが、しかしそれすら物質次元の肉体感覚の悦びの範囲なのです。
それでも、肉体で感じる感覚的悦びよりも、芸術鑑賞などの、心での歓びの方がより高尚であることは、確かなのです。
しかし、その高尚と思われる心での歓びも哲学の解釈は、物質次元であると定義しているのです。
では一体享楽とは何であるかと言いますと。
それは肉体的、物質次元の悦びを通して、魂の進化を遂げる為に人間性を養う、精神的にまで昇華された歓びを享楽と言うのです。
この悦楽から享楽への進化を分かりやすくまとめますと。
1-肉体の五感覚器と心をおとしての悦びがあり。
2-心の歓びから、精神的な歓喜に昇華された歓びがあり。
3-魂の、人間性を向上させる精神修養の究極な歓びがある。
この中かで、大事なことは2&3の項目であり、この分部が無ければ、その悦びは1番の五感覚器と心をおとしての悦びに留まり、つまるところ動物次元の世界でしかその行動範囲がないと言うことなのです。
つまり、この物質次元は、人間が五感覚器と心で楽しみを得ながら、その楽しみを抑制する克己心を養う、精神的修養の為に使うように、創ってあるのです。
動物本能の最大の欲望は、グルメとセックスですが、共に人間だけは他の動物と違って、それに付随する悦びが精神的修養の為に、特に大きく得られるように創られているのです。
それだけに、グルメとセックスの悦楽に酔いしれ、堕落していく危険がとても大きいのです。
インド哲学バガヴァッド・ギーターでは、この世はマイトゥーニャ・アーガーラ(性生活で縛られる世界)、と言われているくらいです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ