今日は享楽について記述してみたいと思います。
先ず享楽の意味ですが、辞書では「快楽にふけり楽しむこと」とあります。
また快楽とは「楽しく気持いいこと。特に欲望が満たされた心地よさを言う」とあります。
実は享楽というものは人間が精神的に解脱する為には、必要な通過過程なのです。
つまり誰でもこの享楽をやってきなさいと言っているのです。
しかしそれには厳しい条件があるのです。
それは、享楽を味わう前にやるべき、事前条件として。
1-宗教義務(道徳、倫理、宗教、)の修行を果たす。
2-修行をしながら人間性を高め、社会で実利をえて自律する。
3-その実利をえて自律した人だけが、享楽を楽しむ資格が与えられる。
この様に、享楽を楽しむためにはそれ以前に、宗教義務の果たしと、社会的に認知がなされなければならない、厳しい資格条件があると、言うことです。
享楽主義とはこれらの条件をクリアーしてきた人が楽しむ、高尚な楽しみであり、決して欲望に任せて快楽にふける、楽しみとはちがうのです。
そして、この享楽の結果として、「堕落するのか、解脱への道へ進むのか」大きく二つに分かれます。
つまり享楽はその人間を振り分ける「ふるい」なのです。
この享楽という「ふるい」にかけらると言うことは、快楽の道にどんどんはまっていく人と、快楽の空しさを感じる人の違いとして、出てくるのです。
この空しさをあじわってこそ、次のステップである、肉体的快楽から精神的歓びである解脱の道が開かれるのです。
この肉体次元や物質次元に全く囚われずに、精神的歓喜を得る世界、つまり解脱した境地が、人間が目指すべき本当の精神世界なのです。
この本物の精神世界は、一般的に言われているスピリチュアル世界とは全く違った世界であり、それはインド哲学をベースにした、精神知識の真理に触れる魂の歓びなのです。
その精神的知識は、完璧なる人間分析であり、微細の観察結果であり、論理的体系なのです。
決して意味のない言葉の響きや、文学的美しさに酔ったり、個人的観念にその解釈を委ねるような、曖昧性もないのです。
事実、この様な享楽の道を説いていること自体、立派な精神的知識であり、完全なる悟りへの体系なのです。
これはインド哲学バガヴァッド・ギーターを学ばなければ、理解はできないものと思います。
スカイプでインド哲学の精神カウンセリングを無料で致します。
生き方にお悩みの方、お気軽にコールしてください。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ