いまインド哲学塾を、静岡県駿東郡清水町で毎月開いておりますが、静岡市でも開講しようと計画中です。
静岡インド哲学塾の塾長さんも決まり、現在そこで使用するテキストを作成中ですが、どうも思いあぐんでいるようです。
それは、哲学のテキストを創ると言う作業は、哲学自体の概念や本質、体系や細部の認識など、全てに精通した知識が必要であり、それが無ければどこから入り、どこへ行くかも分からなくなってしまい、それこそ雲をつかむようなものなのです。
それに受講生が深く哲学を修するには、個人指導の形を、取らなければならず、したがってどんな人にも適したテキストを創ること自体が不可能なことなのです。
それは丁度、漢方医がその人その人の、症状に応じて調薬するのと同じだからなのです。
人それぞれの人の体質があり、病の種類があり、病の程度があり、さまざまな症状があり、当然それによって調薬が決まるのです。
それと同じく、その人の精神的境地をさぐり、その人の求める心理を見極め、その人に合った解釈と気づきを与えなければ、ならないからなのです。
この様な観点に立てば、次のような方向性が見えてきます。
哲学を学ぶ姿勢において一番大事なことは、受講者が自己の探求や人生の生き方に、真摯に取り組んでいる姿勢が、一番の条件となるのです。
当然そのような人は、自己に対してまた生き方において、疑問が生じるはずです。
その万人に通じる普遍的な、適切なる質問こそが、授業をしていく上での最高の教材となるのです。
つまり、教材は受講者自身が自分で用意するものであり、哲学の教えはその質問に対する解釈を与える、と言うのが基本となっているのです。
しかし、初めての人はどんな質問をしたらいいのかすら、分からない人がいると思います。
それは、あまりにも物質次元の社会常識に侵されすぎている為に、精神的視野に立ったものの見方ができないからなのです。
つまり、学校で教えられた教科は、精神世界の哲学では全く役に立たず、一般的知識にどっぷりつかった人ほど逆に、常識に縛られて、精神的解釈に苦しむことすら起こしているのです。
そこで私は、そのような人の為に毎日このブログを書き、ここで書かれた事柄が質問のヒントになれば良いなと、思っております。
現在も清水町のインド哲学塾では、このブログで記述したものを、受講生各自に興味あるものや疑問のあるものを選んで頂いて、それをもとに話を進めていくという形式をとっております。
従いまして、静岡塾のテキストを作成すると言うよりも、塾の案内書的な内容で、あくまでも入り口に入るための、大まかなもので良いと思っています。
例えば。
1-自己の目覚め
自己とは何か
自己はどこから来たか
自己はどこへ行くか
2-自己の存在意義
人生は何のために生きているのか
人間のやるべき事は何か
3-自己完成
哲学を学ぶことはどういう事か
こんな大まかな内容の案内書として、創られればいいと思いました。
その後は、受講者が自ら議題を持参してくる、というスタイルで良いと思います。
哲学を学ぶ人は、それくらいの意気込みが無ければ、当然哲学を学ぶ資格はなからなのです。
スカイプでインド哲学の精神カウンセリングを無料で致します。
生き方にお悩みの方、お気軽にコールしてください。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ