同志のMさんから次のようなメールがきましたので、今日は無執着について書きたいと思います。



先生との講義のメモをまとめていて、中庸についてのご説明がありました。
とても大事な言葉なのに、「欲に対して中庸であれ」と「無執着」という
事しかノートを取っていませんでした。
明日の授業では無執着について、補足の説明を頂ければと思います。

先ず執着とは、ある事に強く心を惹かれること、深く思いこむこと、囚われること、と言う意味がありますが、大事なことは「何に執着するのか」が大事であることを、初めに言っておきたいと思います。


一般的にはこの執着と言う言葉は、あまり良くないイメージの言葉として使われております。


それは、その執着の対象が、肉体的、物質的欲望が基になっている対象物だったり、心情的なものだからなのです。


しかし、それが精神的なる真理に対する想いは、どんどん執着すべきなのです。


所詮、肉体的から発せられる物質次元の想いは、つまるところは肉体を維持する為のものであり、それは結局グナノ掟によって、縛られる事になるからなのです。


と言うことで、ここで物事に対しては「中庸と無執着の姿勢を持って事にあたれ」と諭しているのです。


では執着してもいいもの、さらに執着すべきものとは何であるかと言いますと。


それはバガヴァッド・ギーターを学び、創造主神であるクリシュナに想いを執着させることなのです。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ