先日、インドのSさんから「プラトニックラブ」について質問がありました。
その回答として、12月18日に質問の返事をブログに書いております。
そして昨夜はSさんに、ブログに書いた回答をスカイプで詳しく説明をしたのです。
12月18日に書いたブログでは、プラトニックラブの解釈として私はおわりの方で、次のようにまとめとして答えていました。
これらをまとめてみるとプラトニックラブとは。
1-解脱(モークシャ)の境地にあること。
2-すべてが魂の精神的次元であること。
3-精神的個別性が確立されていること。
以上この、三つの条件をみたしてこそ、本物のプラトニックラブなのです。
そこで説明した中での、精神的個別性と言う言葉の意味について、哲学的にどのように解釈すればいいのでしょうかと、Sさんから突っ込みがあったのです。
この突っ込みは、精神哲学を学ぶ者としては非常に鋭い、的を得た質問なので、本日はこの精神的個別性について書きたいと思います。
個別性とは、一口でいえばその人がもつ、さまざまな性格と言えましょう。
また性格とは、日常にくりひろげられる事象に対する、その人の反応や対応の習慣性が魂に刻まれ、それが根性となった性質を、個性と言うことができます。
分かりやすい例で言いますと、いつも笑顔を絶やさない生活を心がげている人は和やかな顔となり、いつも心配してばかりしている人の顔は不安げな顔つきとなり、いつも怒りっぽい人は苛立ちの顔となってしまします。
これが精神的な捉え方となると、謙虚、寛容、正直、純粋、慈悲、忍耐、自制、恭敬などの態度を、日常生活の積み重ねによって、魂の部分まで刻み込まれたものが、精神的個別性と定義するものです。
この謙虚、寛容、正直、純粋、慈悲、忍耐、自制、恭敬などの個々の要素が、それぞれいろいろな場面に応じて、自然に対応できるまでになっていなければならないのです、つまりその人の人格を形成するところまで染み込んでいる事が重要な事なのです。
この精神的個別性を多面的に持った人が、深みのある人間であり、その多面性によってお互いが、精神的な会話で魂の交流を図るのが、プラトニックラブの本質なのです。
つまり、哲学的に解釈されるプラトニックラブの本質は、一般的に言われている、恋愛感情を心に抱いてのプラトニックラブとは、次元を異にするものなのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ