私と共にギーターの真髄を求め、一生懸命インド哲学を学んでいる人から、次のような質問がありました。
先生、プロラトニックラブとクリシュナとゴーピーについて、十分に話ができなくて残念でした。
しかし、肉体と魂の段階までの話まではよくわかります。 また今度話をするのを楽しみにしています。
この女性には、まず始めとして、昨日のブログで書いた人間の基本構成を説明しました。
その要点として次のことを話したのです。
1-人間が生きている物質次元では、その人の行動を頭脳が司令塔として働く。
2-人間には五つの感覚器(目、耳、鼻、舌、皮膚)があり、器官からは美しい、美味しいなどの感覚が生じる。
3-それぞれの感覚器で生じた感覚で、こんどは愛情、喜び、悲しみ、不安、などの気持ちが心にわく。
4-心に湧いた優しさ、思いやり、素直など、心にわいた想いが長年積み重ねられ、今度は魂に刻まれる。
ここで重要なことは、物質的人間として生きている人は1~3までの領域の中でしか、生活を営んでいない、と言う事なのです。
一般的に言われているプラトニックラブは、哲学的解釈からすればそれは、物資的肉体次元の事象なのです。
哲学的には、プラトニックラブは魂の活動としての愛の交歓(ラサ)を意味するものなのです。
それは必ずその人が解脱の境地であるモークシャに達していなければ、それは肉体次元である心で妄想をかき立てるだけの、見せかけのプラトニックラブなのです。
この解脱の境地(モークシャ)に達するには以前8月18日に、宗教の救われ方で書きました。
1-宗教道徳倫理などの義務(ダルマ)を果たす。
2-社会活動をして利得(アルタ)を得る。
3-享楽(カーマ)を楽しむ。
4-解脱(モークシャ)の境地を得る。
この四つの段階を正しく経てきた人だけが、持つことのできる、肉体的動物欲望を完璧にそぎ落とした本物の精神的愛情がプラトニックラブなのです。
当然そこには、その人の人生で醸造されてきた個性があり、その熟成された精神的個性でもって、精神愛が交わされるのが、プラトニックラブなのです。
また、この愛の交歓(ラサ)は、同じ種族どうしで交わされるものであり、ペットとの愛情交歓はラサとは言わず、それはまだ物質次元の心で沸き起こる愛情段階なのです。
そしてまた、人間世界で一般にかわされる恋愛感情での愛の交歓もラサとは言わないのです。
プラトニックラブにおいては、肉体的動物欲望を完璧にそぎ落とした感情とお互いが交歓しあう、精神的に確立された個別性が必要なのだからです。
そして、人生をとおして、四つの宗教の修行を成しながらも、人間の純粋性を保ち、精神哲学まで意識を昇華した人だけが、人生の醍醐味としてのプラトニックラブを楽しむ事ができるのです。
この境地に行けば死後は当然、クリシュナとの精神的愛の交歓(ラサ)を、交わす事ができるのです。
これらをまとめてみるとプラトニックラブとは。
1-解脱(モークシャ)の境地にあること。
2-すべてが魂の精神的次元であること。
3-精神的個別性が確立されていること。
以上この、三つの条件をみたしてこそ、本物のプラトニックラブなのです。
この教えはバガヴァッド・ギーターにはなく、ギーターを超越たシュリーマド・バーガヴァタムに説かれている真理なのです。
れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ