考えるから、感じる、そして想う、このことは分かりやすく言えば、頭を使う時代から心で感じる時代、そして魂に目覚める時代、と言う事なのです。


最初の考えることは、物質文明に生きて生活する為に頭を使う物質的次元の事であり、最後の想う事はなぜ生きるのか、人間として生きる意義は何なのかを想う、精神的次元の事なのです。


まだ物が豊かに発達していなかった時代、具体的には昭和の高度成長時代まえの頃を思い起こして下さい。


この頃は家事の辛さから逃れるために、洗濯機が普及しその他に冷蔵庫、テレビ、自動車と、辛い家事の解放から楽しく快適な生活をもとめて、盛んに商品が開発されました。


この頃は必要は発明の母であり、必要があるのでそのニーズに合った商品を頭を使って開発してきました。


そして今は、発明は必要の母となり、こんな物を創ったがこれをどんなマーケティングをして拡販しようかと、頭を使っているのです


これは、物質的次元に係わっていれば、いつでも頭を使っている言う事なのです。


いやそれは心に浮かんできたアイデアです、と言ってもその心に浮かぶ域に達するまではそのほとんどの工程は頭を使っているのです。


発明は99%が頭を使う努力であり、残りの1%がインスピレーションと言われています。


実はこの1%が魂の領域なのです。


私たちの魂は創造主神クリシュナの分霊であり、本来それは純粋な清浄なる資質なのです。


そしてまた自己の魂にも、創造主神クリシュナの片鱗であるパラマートマーと言うスーパー魂が、いつも寄り添っているのです。


そのスーパー魂がその人の努力の成果に応じて、インスピレーションを与えてくれるのです。


でもこんな素晴らしインスピレーションも物質的次元においては、99%の汗の努力をしても、たった1%の神の采配しか受けられなと言う悲しさなのです。


それに物資的にどんなに発展させ、便利で豊かな社会になっても、いや逆に豊かで便利になればなるほど競争が激化し、生きにくい社会になってきています。


それは以前にもかきましたが、物質自然の三様式であるグナの掟なのです。


確かに、物質次元を発展させる力は、人間が精神修行をするために神が与えた叡智であり、その叡智を使って物質文明を発展させることは理にかなったことなのです。


しかしそれが人間の不幸に通じるような事態になっている現状は、もう欲望に囚われたゆがんだ社会に没落している事になっているのです。


これからはこの成熟しきった物質文明を生きながらも、その現状から真理を感じ取り、そこから精神的に生きる意義を想いおこす時なのです。


人間本来の、精神的に生きる真理の道を進まなければ、混迷、困惑、混沌の激烈なる社会に、今生かされているその価値を失うのです

れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです よ。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ