今回問題となっている教員不祥事は、聖職としての教師がわいせつ行為を起こす事が問題であり、一般人では特に社会問題として、騒がれる事はありません。


当然社会通念としては、教職者たるものは高い学識と見識をもっており、また子供たちに、次世代を担うにふさわしい指導をすることを、期待されているのです。


そんな親や社会の期待を、大きく裏切ることが問題の大きさとなっているのです。


さて、その具体的対策としては、先ず問題を起こすような人の、人間の哲学的視点からの分析が必要だと思います。


1-人間は本来、魂の存在である。


2-その魂は本来、創造主神とおなじ純粋なる性質である。


3-しかしその純粋なる魂が、肉体の中に入ると、肉体の持つ動物本能(食欲、性欲、睡眠欲)と人間特有の物欲、支配欲、名誉欲に、その行動が突き動かされるのです。そして男性においては特に性欲が非常に大きなウエイトを持っているのです。


4-その突き動かされる性欲衝動を、知識と理性によって押さえているのです。


5-結局の最後は、性欲衝動と理性の攻め合いの結果であるとの事です。


自分は魂である、との強烈なる自己認識が出来ていない人は、自己の主体が結局は肉体的欲望となるのです。


そして、自分は魂の存在であると、超然と認識した人は、肉体の欲望を抑制し禁欲することができるのです


それだけでなく、人間として肉体を持って生まれてきた事、そしてこの世で男性として生きる意義を知り、魂の修行にこそ肉体を使う重要性を、自覚できるのです。


欲望に振り回される動物的人間の弱さを知り、欲望を抑制できる強い魂としての自分を知り、欲望に渦巻く肉体を持ってこそ修行であるとする、そんな自分を尊敬する人物とならなければなりません。


この様に、魂としての自己を確立し、客観的に自己を見つめ、自己を尊ぶことのできる、独立自尊、自主自立の精神に向かわすことが、不祥事を防ぐ土壌づくりとなるのです。


れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです よ。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ