私は毎日、デジタルオーディオでクリシュナ・マントラを聴きながら眠りにつきます。
でも、三日程度で充電が必要になります。
何事も使いっぱなしはできないものです。
必ず補充が必要となるのです。
肉体における補充としては、食べる事と寝る事(休息)だと思います。
この二つは肉体を維持する為には必要不可欠な行動なのです。
食べることは、肉体を維持する為のエネルギーの補充です。
休息は肉体と精神活動の停止であり、この停止こそが気の補充となっているのです。
物事にはこの、溜めとか、籠める、止める、と言った充電期間が必要なのです。
私は30歳から五年間、仕事の関係で落ち込んだ期間がありました。
私の性格からは、鬱(うつ)になることはなかったのですが、しかしその五年間は笑う事を忘れてしまったのです。
でも、その五年間は営業に出ていたので、昼はあちこちのお寺で、女房が作ってくれたランチジャーの温かいお弁当で、心の癒しと仏教の学びを始めたのです。
私にとってはこの五年間が、人生に対するその意義をじっくり考える重要な期間であったのです。
また、55歳のときには持病の胆石によて、4回も入院をしたはめになりましたが、その入院の時に、「入院と言うものはなんて楽しく、思う存分休養ができるものなのか」とつくづく思いました。
それでもさすがに、四回目の入院の時には、「もう入院もたくさんだ」と思うようになったのです。
この55歳の入院の時も、人生をじっくり振り返えり、インド哲学バガヴァッド・ギーターをじっくり学び、その教えを広めることに生涯をついやす決意を、起こさせてくれたのです。
この様に何もしない、充電期間こそ、気を溜める、気を籠める、ということでありそれは、人間の精神性を高めるためには、非常に重要な欠く事の出来ない要素なのです。
私にとって、何もしない無意味な様な、そんな外観的に何もしていない状態こそが、精神的に熟慮している状態だったのです。
伸びるにはちぢむ事が必要であるのと同じように、活発なる躍動には静粛なる期間が必要となるのです。
その静粛なる時は決して、無活動ではなく精神的な熟慮の期間でなければならないのです。
これらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです よ。
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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ