今日は精神的伴侶と肉体的伴侶について書きたいと思います。


伴侶とは、なかま、つれ、とも、の意味とあります。


一般的に伴侶と言いますと、一生涯を夫婦として暮らす相手を伴侶と言います。


私は生涯の伴侶をさらに、精神的な伴侶と肉体的な伴侶に分けて考えております。


一般的に、生活をしていくには「肉体的に健康生活を維持する」ことが最大の生活目標となると思います。


この「肉体的に健康生活を維持する」ために、今の日本における生活行動としては、経済的安定を得る必要があり、その為に一流企業とか公務員を目指して、一流大学を目指す勉強をしているのが一般的な社会通念となっております。


実はこの健康生活を維持するためとは、決して快適に生活する為だけではないのです


それよりもっと大事なことは、健康な体を保って精神的向上を図る事こそ、人生の最大の目標なのです。


逆を言うなれば精神的向上をするためにこそ、健康が必要である言う事なのです。


その健康維持と、精神的向上の両方を同時に満たしてくれる伴侶こそが、理想の伴侶と言えるのでしょう。


しかしこの両方を満たしてくれる伴侶を得るには、非常に難しい事だと思います。


その最大の理由として、この世はすべて二元対立に創られているからなのです。


その他に、今の時代では物質文明が発展した故に、企業の生存競争が激しくなり、それが個人の生存競争にまで拡大されてしまっています。


そのため、道徳や倫理に逆らわなければならないような事も、生活の為にはやらされてしまうことがあるのです


つまり、肉体生活に執着すればするほど、精神的生活を犠牲にしなければならないようにできているのです。


また逆に、精神的生活を主体的に生きようとすればするほど、生存競争に打ち勝てず、生活すらできなくなってしまいます。


これと同じく、生涯連れ添う伴侶は、肉体的な生活が主になり精神性の方がおろそかになってしますのです。


したがって、高度な精神的向上を図るには、精神的に専念できる精神的伴侶を持つ事が望ましのです。


つまり、肉体を完璧に管理維持してくれる肉体的伴侶を持ちながら、そして健康を維持されたもとで、精神的に専念して学び合える精神的伴侶も、必要であると言う事です。


さらに、その精神的伴侶との関係は、実生活に完璧に関わる事がないような、つまり経済的対価を得る関係にあってはならない、つまり純粋に至上神クリシュナの真理を求め合う間柄でなくてはならないと思っております。


れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。


このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。

しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。


覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。


私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ



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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。

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