バガヴァッド・ギーターを学ぼうとする気持ちを持つ動機は様々だと思います。
でもこのバガヴァッド・ギーターの世界に興味を持ち学ぼうとする人は、数万人に一人いるかどうかの確率なのです。
ギーターを学ぼうとする人の動機は4種類に分けられます。<ギーター7章16節>
1-人生の壁に当たり苦悩している人。
2-実利を得ようとしている人。
3-好奇心の強い人。
4-さらなる真理を学ぼうとする人。
そして運よくギーターと出会い、また良き指導者とめぐりあっても、その学びの持続と進歩ができる人は、また三ランクに分けられます。<ギーター9章3節>
第一級の人とは - 絶対主神クリシュナの教えを熟知し、その教えを確信し服従し没頭している人。
第二級の人とは - ギーターの教えは熟知していないが、クリシュナの教えを確信している人。
第三級の人とは - ギーターを学び、クリシュナに信仰心を持っているが、その教えには確信を持っていない人。
ここで大事なことは、ギーターの世界に入り、その教えに確信が持てるかどうかなのです。
この確信こそが持続のガキであり、そこまでの心境に達し得なければ、途中で堕落してしまいます。
ちょうどロケットで地球の引力圏を脱っすれば落ちてこないように、この引力圏を脱することが確信と言うことなのです。
その稀なる存在の人は、謙虚さと謙遜の姿勢が絶対に必要条件になるのです。
まず謙虚さの本質は、自分はまだまだ未熟者であるとの自覚なのです。
この未熟者の自覚こそ精神的発展の原動力となるのです。
謙虚の心があってこそ、教えや物事のあり様を素直に受け入れる姿勢ができるのです。
謙虚の姿勢がない人は、どうしてもその行動が独善的になり、精神的進歩も阻害されてしまうのです。
その次の謙遜は、見栄を張らない、名誉を求めない、つまりは虚栄心を捨てることなのです。
この虚栄心こそ、人間界における修行障壁の最たるものなのです。
人生を栄華に過ごしてきた人こそ、虚栄心を捨てることができず、絶対神クリシュナの教えに近づくことさえできないのです。
この世で成功者と言われる人ほど逆に、名誉求めるたがるものであり、精神世界からは程遠い状態に置かれてしまうのです。
また現役引退しても、名誉を得た時の歓びの味を忘れることができず、肉体快楽から抜け出せないのです。
この名誉的快感もれっきとした肉体快楽であることをギーターは教えているのです。
これらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。
このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。
しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ
スカイプでバガヴァット・ギーターの無料指導を致します。
我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。