今日はイソップ物語のウサギとカメのお話をギーター的に解釈してみたいと思います。
まずは、ウィキペディアからあらずじと、その教訓を引用します。
あらすじ
ある時、ウサギに歩みの鈍さをバカにされたカメは、山のふもとまでかけっこの勝負を挑んだ。かけっこを始めると予想通りウサギはどんどん先へ行き、とうとうカメが見えなくなってしまった。ウサギは少しカメを待とうと余裕綽々で居眠りを始めた。その間にカメは着実に進み、ウサギが目を覚ましたとき見たものは、山のふもとのゴールで大喜びをするカメの姿であった。
教訓
過信(自信過剰)して思い上がり油断をすると物事を逃してしまう。 また、能力が弱く、歩みが遅くとも、脇道にそれず、着実に真っ直ぐ進む事で、最終的に大きな成果を得ることができる。
ギーター的に解釈
この話の中では、ウサギとカメが目標としたものの違いがキーポイントになるのです。
ウサギはカメをみており、カメは目標だけを見ていた点です。
この目標だけをが一番重要なことであり、ウサギは一番重要な目標をわすれ、今何をしているか、何をなすべきか、と言った一番大切なものをほったらかし、居眠りと言う快楽と怠惰の境地を味わっていたのです。
私たちが生きていく人生において、学生時代、社会人の時、家庭を持って生活する時、老後の時、それぞれの時点でそれぞれの果たすべき事があるはずです。
その人間としてやるべき、魂の向上という宗教的義務(ダルマ)を忘れ、物欲と快楽に酔いしれている人間はこのウサギと同じ生き方をしているのです。
人間としてやるべき目標を、人生の世代世代ごとにたて、その世代世代にやるべき事に向かって努力するのです。
まず一つ目の目標を達すれば、必ず次の目標が見えてくるのです、そしてまたその目標を達成すればまた次の目標が出てくるのです。
この様に人生は世代世代のつづらおりの山を、折り目折り目の目標にむけて一歩一歩登って行くことが大切です。
ウサギとカメの話は、この様に深い読みをすることで、人生と言う長い生き方においては目標を持った生き方が大事である、との教訓として理解ができます。
これらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。
このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。
しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ