世の中はどんどん物質的に発展をしている。
その代表的な例としては、携帯の機能ではないかと思います。
そもそも携帯は電話であり、また電話の本質は遠くの人と話ができる、その為につくられたのです。
したがってそれだけの機能があれば携帯は、それだけで事足りるのです。
たとえば江戸時代に家庭電話だけでもあれば、その時代ではこれはもう凄いことになると思います。
ましてや携帯となったら、腰を抜かすくらいの摩訶不思議の驚きとなるでしょう。
しかし今やその携帯は、単なる話をするだけのものではなく、パソコンの端末としての機能まで持つことになり、これはもう凄い世界となりました。
それだけにこの携帯を使いきることができる人はすごい人であり、またそれを本当に使い切るには、どれほどの仕事やら活動などをしている人なのか、想像もつかないくらいの世の中になってしまっています。
これほど物質的に発展している社会にあっては、社会構造は複雑になり、便利にはなったもののその代償として、社会はどんどん矛盾と混沌と競争が激化し、またそれに伴い人々の心は狂気と残酷が助長されてしまい、お互いが助け合う住みやすい社会とは程遠い、住みにくい社会となってしまうのです。
そしてそれにともない、人間として生きていくために重要な道徳や宗教の心も失われてしまいます。
例えばバガヴァッド・ギーターで教えている、学僧期(ブラフマチャーリー)においてすべきことは、精神知識(ヴェーダ)を学び、感覚欲望の抑制に努めることがその修行とされているのです。
つまり異性とは決して交際をしてはならなず、当然のことセックスなどはもっての外なのです。
これは性欲盛んな思春期の男女にとっては非常に精神の修行となるのです。
しかし今では婚前のセックスはしてはいけないと、真面目に諭す教育などはなされず、それどころか正しい避妊のし方などを教える始末ではないでしょうか。
賢者に婚前のセックスはしてはいけないと諭せば努めてこれを行い、凡人に婚前のセックスはしてはいけないと諭せば半信半疑であり、愚な者に婚前のセックスはしてはいけないと諭せば「何をばかなことを言ってる」と嘲け笑われる、しかしこの愚な者に嘲け笑われるようなものでなければ本当の道とは言えないのです。
これらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。
このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。
しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
スカイプでバガヴァット・ギーターの無料指導を致します。
我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ