先日メールに次のような御依頼がありましたので、その二つの解釈を二回にわたりお伝えしたします。

ホームページ拝見させていただきました。折り入ってお願いがございます。
先日、ロベルト・ロッセリーニ監督の映画「INDIA」を観ておりましたら、叙事詩マハバラット(おそらくマハーバーラタ)と哲学者ギータは、自然と接するに際して次のように書いているとあり、以下の言葉がありました。
これは「「バガヴァッド・ギーター」の何章に書いてあるのでしょうか。

「いかなる言葉も行いもその時にはただうつらうにて真に正否を定むるはのちの世なり。」
「真実の何たるかに悩むは凡なる者の常なり。正しからざるものの中にも真実の存することあれば、今はただ行うこと、これ肝要なり」

よろしくご教授くださいませ。

私の解答

はじめまして、HPをご覧いただき、またメールをありがとうございます。
先週から今日まで出張に行っておりましたので、先ほどメールを読ませていただきました。
さてご質問ですが、二つの文章がバガヴァッド・ギーターでは何章の何節にあるかは、残念ながら私のバガヴァッド・ギーターでは分かりませんでした。

そこで私の、私なりの解釈をさせていただきます。

「いかなる言葉も行いもその時にはただうつらうにて真に正否を定むるはのちの世なり。」
人の言葉や行動は、その時その時には結果は出るものではなく、全ては時間を通して次の結果が出て、またその結果によって次の言葉や行動が行われ、それらが次々と連綿なく一生行われるのであるから、全て結果は来世に引き継がれ、生涯を通しての答えは、次の生まれ変わりとして出てくるのです

この解釈は

1-この世の出来事は全て移ろいのものであり、いわゆる諸行無常の世界にあり、その結果は来性の生まれ変わりにその答えがある。 

2-この因果の法は、厳然たるものであり、私たちの心臓に、魂と共に寄り添い、私たちの行動をすべてご覧になって、その人の来世の定めを厳格に裁定する存在、それこそがスーパーソールと言われるクリシュナの直接拡張体であるパラマートマーの神秘力なのです。

読者の方でこのようにバガヴァッド・ギーターの解釈を御希望の方はメールで御投稿ください。

メールアドレスsirai-katuhumi@sea.plala.or.jp に投稿ください。

なお、御投稿された内容はこの様にアメーバーにて御紹介させて頂きますのでご了承ください。