道徳は仁、義、礼、知、の本質とその体系を知ことであると昨日書きました。


その根本はこの物質界の宇宙すべてを貫いている、永遠の創造主神クリシュナの掟があり、それを天の「道」と名づけ、我々を含めすべてがこの道に貫かれて生きている言うことです。


その道を知り、その道に即して生きるのが我々に課せられたダルマ(宗教的義務)なのです。


この道に反する生き方に、カルマの報いが生じようにその掟が創られており、誰もそれから逃れることはできないのです。


愚かにも人類はその掟を無視し、この世を支配しようとしゃかりきになり、物質文明繁栄のため、戦争、飢餓、自然破壊、などの道を突き進んでいるのです。


それもこれもこの「道」の存在を忘れ、またダルマを果たす教えもうけず、この世で快適に生きていくために、今の学校で教えている物質次元の知識偏重主義がその根源なのです。


人間は知性(ブッディー)と知識(ジュニャーナ)の二つを治めることが必要です。


知性(ブッディー)とは正、邪、善、悪の物事の本質を見ぬく力であり、また知識(ジュニャーナ)とは、物質次元と精神次元を見分ける知識なのです。


たとえば人間は肉体と言う物質と魂と言う精神的な混合した存在であり、またその中間的な心で感じる意識とか頭脳の知識なども分類的には物質次元であると言った、物質と精神の正しい知識(ジュニャーナ)いうのです。


私たちが学校で学んでいる、国語、数学、理科、社会、英語、その他ほとんどの学科は、哲学の世界では知識とは言わず俗知であり、この世をうまく生きるための処世術であるとの分類なのです。


さらに、この知識の偏重をきたすと、精神的知識が損なわれ、人類が矛盾、疑念、妄想、狂気の世の中に貶められて行くようになってしまうのです。


まさに今がその様な世となっており、自殺者や精神異常者が増え、昔では考えられないような異常な事件も日常茶飯事となってしまっているのです。


これも人間本来が学ばなければならない道徳の神知識が全くおろそかにされているからなのです。


しかし残念ながら、今の感覚欲望を満たすことが幸せである言った価値観にどっぷりとつかり、無知の酒に酔いどれている愚集には、その真理はとうてい理解できないことでしょう。


れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。


このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。


しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。


覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。

バール・クリシュナ・フミオのブログ アドレス balkrishna75


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。


私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ