昨日、道徳とはを、バガヴァッド・ギーター的視点から、その根本を考えてお話をいたしました。


まずこの世の物質次元は、全てが循環と言った大きなサイクルの中で繰り返しながら、らせん状に、人間を動物的次元から、魂の存在であると認識できる、精神的次元まで成長させる為にあることを書きました。


そしてそこには、歴然としてクリシュナが定めた、物質次元の掟である、トリグナがあり、カルマ・ヨーガがあり、輪廻転生があり、自然の摂理があり、動物の食物連鎖があり、季節の巡りがあり、それに伴う植物の循環などがあります。


そしてそこには、知ろうが知らまいが、分かろうが分からまいが、歴然とした法則なり掟なるものが存在しているのです。


その創造主神クリシュナが定めた崇高なる法則を「道」と言うのです。


この道である法則を身に付けた人を「徳」ある人と言い、この徳を持った人が人々の上に立ち、国を治める資格を持つのです。


これらの教えを道徳と言い、道徳を治めた人を「人徳」のある人と言うのです。


ほんらい人の上に立ち国を治めるのはこの人徳をもって行うべきですが、どうも今は人徳よりも、小賢しい知的能力の優秀さで、それを決めているようです。


確かに一時的に、部分的、物質的発展は人間を豊かにしてくれたと、錯覚をおこさせてくれます


しかし、それが社会全体や地球的規模と言った大局的視点に立った場合は、その歪といったものは認識できなのか、無視しているのか、当たり前として知らず知らずに許容ているかです。


一言で言うと身の回りのことについては非常に便利になったが、逆に生きていくための生活費を稼ぐには、非常に住みずらい世の中になってしまった、と言うことなのです。


政治や国を治める立場にある人は、この人徳の心がなければ、国民は必ずその人たちの使役となり、搾取の対象としかなりえないのです。


とは言っても、一度この物質次元のサイクルに陥ってしまうと元への復帰はなく、人類滅亡の道にばく進して、最後は地球破壊に至しかないのです


宇宙的規模での大変革によって、地球が破滅するまでに肉体意識からはなれ魂的存在になれば、どんなことが起きようが、魂は永遠不滅である」という確信のもと、無恐怖の境地にいたれるのです。


れらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。


このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。


しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。


覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。

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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。


私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ