昨日まではバガヴァッド・ギーターに書かれている一部を、ピックアップしながら書いてきました。
今回は道徳というものを、ギーター的解釈に基づいて、書いてみたいと思います。
現在、この道徳について、具体的にかつ体系的に教えている家庭や学校は、ほとんど無いのではないかと思います。
今の世の中は、学校で教ている、数学、国語、理科、社会、英語、その他の教科はつまるところ、この世で快適に生きていくために、いい大学校に入り、いい就職先に努め、いい給料をもらって、いい生活をすると言った、ロジックを消化するための教えとなっているのです。
その根本は、動物の持つ保身という本能であり、快適にと言う人間の快楽という欲望がその原動力となっているのです。
これらはともに、動物次元の働きであり、人間本来の魂の本質ではないのです。
人間は魂であり、肉体と言う生命物質の心臓にやどり、肉体をつうじて魂の修行をすることがその本筋なのです。
魂は、以前にも書きましたが、四つの性質いわゆる荒魂、和魂、幸魂、奇魂、の四魂の性質を与えられ、その四魂の修行をするのが人間として生まれた目的なのです。
決して、快適に、楽しく、幸せにと言った刹那的な相対的な感覚的な、そんなものを求めるために人間の体をもらったのではありません。
それでは本質的に、犬、猫、猿、と同じ生活をしているのと変わりません。
猿より少しだけ、記力、計算力、言語力、などが発達しているだけで、本質的にはこの世で生きていくための、生活手段がそれらの動物より少し複雑で高度になっているだけなのです。
人間は魂の存在であり、その魂の質的向上を図るために、道徳、倫理、宗教、哲学と言った精神的に向上する義務を負わされているのです。
その、人間として身につけなければならない、第一歩がこの道徳なのです。
以前にも道徳や倫理について初歩的な事を書きましたが、今回は道徳の本質的なところを、ギーター的解釈に基づき、数回にわたりお話してまいりたいと思います。
これらは神の科学であり真理なのですが、はやはりバガヴァット・ギーターを学ばなければ理解は不可能なのです。
このバガヴァット・ギーターの教えに触れることの出来る人は、100万にのうち一人程度の確率と、私は思っております。
しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ