初回の「物質自然の三様式(トリグナ)の魔力」で書きましたが。

トリグナの特徴は、職業だけでく、宗教、食べ物、信念、などにもその特徴が顕われ、無意識的にその人をその方向に自然と突き動かしてしまうという事を書きました


それから前回までは、そのグナによって職業や信仰する神々も、その人のグナの状態によって、自然と求めるものも決まってくる事も書きました。


今日は物質自然の三様式(トリグナ)の、無智、激情、徳性、に捉われると食べ物や嗜好も突き動かしてしまう話を致します。


先ず、徳性の人の食べ物は、穀物、野菜、海藻類、小魚、乳製品がおもな食べ物で、肉食は控え食べても鶏肉であり、四つ足動物は進化している動物との理由で食べません、また特に牛肉は神から使わされた神聖な動物として、特に食べてはいけないのです。


その理由は、人間がこの物質界で修行していく為に有益な労働者として神から遣わされた善き友であるからなのです。


牛は、雑草でも枯れ草でもそれを食料とすることができ、糞は有機肥料、燃料、壁土などにも使い、そして労働力として農作業に貢献してくれます。


この様に徳性の人は、昔から食されていた食材中心に自然食品を食べる傾向に進むのです。


激情の人の食べ物は、刺激物の効いた香辛料をつかい、味の濃い食べ物を好みます。


そのうえ肉食を好み、栄養よりも美食と飲酒が常になる傾向にあります。


これはグルメを過度に求める飲食業界全体にも言える傾向に有り、それはグルメを求める消費者がそのような形の食事が家庭でも日常化している事の証左でもあります。


私も、今年の夏は暑かった為に、久しぶりにコンビニでアイスクリームを食べましたが、その極甘の味に参ってしまいました。


私が子供の頃のアイスクリームは、こんなに甘くは無かったように記憶しています。


その他、スナック菓子を食べても非常に刺激的で味も濃く、すぐ喉の渇きをもよおしてしまいます。


こんな味の濃いものが好まれる社会は激情の社会であり、正に今の社会状況そのものであると思います。


江戸時代の食事は、穀物と野菜が主であり、味も薄味が上品とされていました。


もともと日本人は、薄味でも食材のうまみを味わう感性豊かな民族でした。


特に京都料理には今でもそのうまみを味わう習慣があります。


外国人に京都の吸い物を差し出したら「これは海の水を薄めたのか」と言ったエピソードがあるくらいです。


そして無智の人々の食べ物は、食感を満たす事を主とするために、どんなものでも食べあさり、安い酒で毎日陶酔することを好み、またその習慣から抜け出せないのです。


徳性の人は食材のもつ自然の味を好み、激情の人は刺激的な味を好みそして肉食と飲酒を求め、無智の人は満腹感と陶酔があれば満足になるのです。


この様にトリグナによってその人の嗜好自体も自然に、トリグナの特質に突き動かされてしますのです


自分が好きな食べ物は、自分自身の嗜好であると思っている人がほとんどですが、その真実はその人のグナの特質がそのような嗜好にその人を突き動かしているという事であり、バガヴァット・ギーターを学ばない限り、その罠から抜け出せない、グナの恐ろしい魔力というものなのです。


そのインド哲学バガヴァット・ギーターのもとに来れる人は100万人に一人程度の確率と、私は思っております。


しかし、その100万人の中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。


覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。


私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

独立個人、自尊独立を尊重します。

スカイプでバガヴァット・ギーターの無料指導を致します。

我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。

スカイプのアドレス balkrishna75

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ