昨夜、インド哲学塾で話したことの一つをお話し致します。
インド哲学の入門として重要な事は、先ずは自己とは何かの完璧なる知識の修得からしなければ成りませんん。
人間は肉体と魂が結合して活動している、生物体である。
人間が死ねば、意識がなくなる事が分かります。
人間は意識(魂)によって動かされるている死んだ乗り物なのです。
と言う事は、意識こそが魂の本質であると言えるのです。
意識=魂
でもこの意識は生物体がもっている五感による意識されるその意識ではなく、もっとその奥の生物体が死んでもなお残る根源的意識を言うのです。
そしてその意識を更に確信的に認識すると信念になり、さらにその本質を極めるとそれは精神知識となり、肉体を主体的に行動させる行為者となるのです。
この自己と言うものを、肉体的にも精神的にもはっきり分離してこそ、肉体から発せられる生理的欲求、本能的欲望、そして、人間だけが持つ物欲、名誉欲、支配欲のそれぞれが、どのように人間の活動に影響を及ぼすかを知る事ができるのです。
そして、その肉体から発せられる欲望からどのようにして逃れ、またそれらを抑制し、正しい欲望処理を行なうかを学ぶのがインド哲学なのです。
人間は自分で判断し決断して行動しているようだが、しかしそれは間違いであって、逆にそのような思考に常に突き動かされているのが正しい見方なのです。
愚かな人は常に愚かな事しか考えず、激情の人は常に欲望に突き動かされ奮闘し、徳性の人は精神的向上を図ろうと精神知識の養成を行なおうとするのです。
この様に自分の行動は自然と、肉体のもつ生命維持をする為の本能的行動と、人間だけが持つ「無知、激情、徳性」という三つの特性によって、突き動かされてしまうのである。
たとえ自分が判断し決断したとしても、その決断も突き動かされている事をはっきり認識しないと何時までたっても、苦しみの世界の同道巡りとなるだけなのです。
要は自分の身体と精神性を徳性の境地にまで、高めなければ苦しみからの解脱の道は無いとのことなのです。
その解脱の方法を説いたのがインド哲学バガヴァット・ギーターなのです。
覚者よ我を観よ、智者よ真理を聴け、勇者よ我に従え
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、金を集めず、去る者は追わず
独立個人、自尊独立を尊重します。
スカイプでバガヴァット・ギーターの無料指導を致します。
我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
スカイプのアドレス balkrishna75
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ