今日は、今朝の一瞬のひらめきを記述します。
私は毎朝、覚醒する寸前に半覚醒の状態が、30分ほど続きます。
その30分ほどの間は、過去の出来事を思い出して反省したり、将来やりたい事に夢をふくらませたり、また、こんな事は人間としてどうあるべきか、こんな事はやはりこう言う事になるのか、ま~いろいろな事が頭と心の中を、グルグルと想いめぐっている時です。
今朝はその中で、一瞬の言葉として浮かんだのがこの、「忍耐は向上、快楽は堕落」として出てきました。
この格言は、人間の長い生き方を省みた時に、その人の習慣的、志向性をとらえての言葉です。
人の一生は、苦楽を繰り返して流れる連続性の中にあります。
その殆どが不快、辛い、苦しい状態であり、その合間にちょっとた歓びや快感がある。
釈尊は、そんな人間が生きる世界をはっきりと、「この世は苦しみなり」と喝破しているのです。
その、逃れる事ができない三つの苦しみがあります。
1-自然界から来る、暑さ寒さや災害からの苦しみ。
2-家族を含め、自分以外の他者との関係で苦しむ人間関係の苦しみ。
3-自分自身の肉体におきる、飢える、老いる、病める、の苦しみ。
これらの、苦しみに耐え忍び、それを乗り越える生活習慣を身につける忍耐こそが人間の向上であり、その忍耐を快感としてこそ、本物の歓びなのです。
決して一瞬の快感は、本物の喜びではなく、それは蜃気楼の様な幻想であり、ほんの一瞬の事だけなのです。
またその蜃気楼の快楽を求め続ければ、更に苦しみの世界にどんどん深く入り込んでしまう事になるのです。
今の世の中は、この幻想的な欲望を追求する事が、人間社会の進歩向上だと、錯覚に捉われてしまっている、と思います。
しかし、それこそは人生の長いスパンで捉えるならば、それは堕落の道のりでしかないと、断言できます。
人生の真理は逆に、この苦楽にふかく関与しないで、苦しみに耐え抜く忍耐力を養う道にこそ、人間としての向上があるのです。
これからは、インド哲学の時代だと私は提唱しています。
その哲学は、時代や世界の民族違いを乗り越えた、人間に与えれれた、普遍的なおしえであり、絶対神、至上神、創造主と形容されている、最高なる神の言葉としての、永遠不滅の真理、哲理なのです。
その教えを具体的に、体系的に教えているのが、インド哲学バガヴァット・ギーターであると思います。
覚者よ我を観よ、智者よ真理を聴け、勇者よ我に従え
これからはインド哲学バガヴァット・ギーターの時代です。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
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バール・クリシュナ・フミオ