Feb 13, 2019

阿川弘之 軍艦長門の生涯から

水泳日本 三井の貿易 帝国海軍

大正期 世界水準を行っていた

日本三大自慢

 

1920年就役した戦艦長門ですら

21基のボイラーの内、6基は石炭使用。

重油は米国から輸入品で高かった。

 

1940年 すべて重油で走るようになった

長門は24時間航行すると6万円の燃料代。

海軍大尉の俸給が月額100円

現在価値30万円として3000倍

6万円の燃料費は1億8千万円

 

軍艦行進曲 日本語なのに

歌詞をちゃんと見ていなかった。

石炭で走っていた時代。

 石炭をいわきと読むなんて知らなかった。

 漢文と日本語の素養が前提となる。

 

常磐炭田 磐城市(いわきし)

石炭と書いて いわきと読むのは

ここからだと今日分かった。

阿川弘之 軍艦長門の生涯

久しぶりの再読 楽しい。

映画 秋刀魚の味で元駆逐艦艦長の笠智衆と

部下だった加東大介がバーに行き、軍艦マーチを

かけて貰う。そこのママさんが岸田今日子。

3人が曲に合わせて肘を開かない海軍式の敬礼を

するシーンが妙に記憶に残る。

  軍艦行進曲 

 守るも攻むるも黒鐵(くろがね)の
浮かべる城(しろ)ぞ頼(たの)みなる
浮かべるその城(しろ)日(ひ)の本(もと)の
皇國(みくに)の四方(よも)を守(まも)るべし
眞鐵(まがね)のその艦(ふね)日の本に
仇(あだ)なす國(くに)を攻(せ)めよかし

 

石炭(いわき)の煙(けむり)は大洋(わだつみ)の
龍(たつ)かとばかり靡(なび)くなり
彈(たま)撃(う)つ響(ひび)きは雷(いかづち)の
聲(こゑ)かとばかり響(どよ)むなり
萬里(ばんり)の波濤(はとう)を乘り越えて
皇國(みくに)の光(ひかり)輝かせ