Dec 9, 2018(Sun)

太平洋戦争関連の映画を再放送で見る

のはCable TV が手軽。

戦闘シーンよりも政治裏面史の方に

興味があるから・・・

昔の日本映画には骨があった。

少なくとも戦争に対して批判精神が

貫かれ、良心的な作品も多く、

また俳優たちもそれなりに見識があった。

 

昭和5年当時 東京日日(毎日)、読売は

軍部に対して協力的だった。

(今の産経、読売の立ち位置みたい)・

 

1931 満州事変勃発時には

朝日は軍部に対して冷静で

批判的だった。

やがて朝日に対する

不買運動が起きて・・・・

4ヶ月後には社説を変更し

国民に 軍部に迎合するようになる。

 

 

柳澤恭雄(やすお)

NHK 報道副部長

1945年 終戦時36歳 

2006年8月 TV出演時は97歳

年齢を感じさせない鮮やかな記憶力

さすが東京帝大

言葉が鮮明 簡潔 元マルキスト

基礎学力と体力が違うんだろうな・・・

 

1945年8月15日 日本放送協会報道部で

例の畑中健二少佐に拳銃を

突きつけられたのが柳澤氏である。

畑中は目が一重 長身

見るからにエリート軍人

本人は旧制高校に行き

文学方面に行きたかったらしい。

官費の学校に行き

将校になるのは 一種の

親孝行でもあった。

後に昭和42年日本の一番長い日

では黒沢年雄が演じた。

(演出では拳銃を突き付けられる

アナウンサー役が加山雄三)

 

2015年松坂桃李が演じた畑中少佐

あんな肌の綺麗な軍人が

物資のない昭和20年に

果たして存在するだろうか・・・

 

1945年8月15日

近衛師団 第一連隊

第一中隊長 大尉 小田敏生

2006年8月 86歳

サラリーマンから召集され幹部候補生に

近衛師団将校に 陸士出ではない。

師団命令(畑中が偽造した命令

に基づくもの)により日比谷の

NHK放送会館に300名で乱入。

畑中少佐は後に到着。

柳澤に放送させるよう拳銃を突きつける。

柳澤は東部軍の許可のない限り

放送できぬと拒否。 東部軍と畑中電話

東部軍 参謀長は畑中の陸大時代の

教官 彼に諭され畑中は諦める。

仲間と自決・・

 

1970年

東宝映画の『軍閥』も

激動の昭和通史としてコンパクトに

纏まっていていい映画である。

竹槍事件の新名記者の話が

出てくる。 加山雄三が演じた。

東条英機役が小林桂樹

新名記者の懲戒召集を正当化する

ために38歳の同年配300名を召集。

ほぼ全員が南の島で玉砕する悲劇・・

新名記者は海軍が報道班員として召集・・

水面下の取り合い合戦・・竹槍では無理だ

飛行機だ・・・と書いた記事の余波・・