Sept 14, 2018 (Fri)

Cable TV で今日初めて見た映画。

1970年までの日本映画界は根性があった。

戦争を語り継ぎ不戦の誓いを新たにすると共に

国家権力の暴走を理知主義が食い止められなかった

先達の無念を民主主義国家に生かそうという意思・・

阿川弘之の雲の墓標 暗い波濤 などを読んでいると

大学から海軍に入り軍隊と社会との落差に精神的に

肉体的に追い詰められる彼らの苦悩が偲ばれる。

陸軍はもっと露骨に・・・・

『予備学生は猿が士官服を着ているようだと言われる、

では聞く、猿に士官服を着させたのは誰だ・・・』

 

鶴田浩二 陣之内大尉

高倉健   剣持大尉  訓練中右目を負傷する

西村晃   花田一等水兵(西村は元特攻隊員 中尉)

天地茂   間宮軍医長(中佐)

 

昭和18年10月21日  全国でおよそ十万の学徒たちが学業半ばにして出陣の途についた。

その後 繰り上げ卒業の措置・・・

海軍二等水兵として本籍地別に海兵団に入団。 昭和十九年二月、全国から選ばれた3千人が

第十四期飛行専修予備学生として、少尉に任官。 訓練に続く訓練、歯をくいしばる彼等

あいつぐ玉砕の報が届く中、十四期生たちは、それぞれの専攻分野に分けられた。

白鳥、不破、南条は、操縦として出水へ、半沢たちは偵察として徳島へ配置される。

南九州出水海軍航空隊。学生八十人の分隊長は剣持大尉があたり、激しい訓練が続けられた。

 

いよいよ同乗訓練に入り、ある日、白鳥機の後部座席に剣持大尉が乗った。

この時、白鳥機に事故が発生、不時着に成功したが、剣持大尉は片目に重傷を負った。

サイパン島玉砕。東条内閣崩壊--昭和十九年九月、白鳥たちは、東九州宇佐空に移った。

或る日、南条の妻則子が、赤ん坊を背負ってやって来た。白鳥の協力で、赤ん坊にやっと会えたが、

それは五分もない短かい時間だった。昭和二十年。フィリピン攻防戦が展開され、やがて特攻作戦が始まる。

(立案者 源田実という男・・・・ 左右を超えて許しがたい 陸軍の辻政信と共に・・)

十四期生の指揮官として陣之内大尉が着任、訓練は体当り攻撃に切りかえられた。

そんな中に彼等と兵学校出との対立があった。 両者をなだめ、諭すのが間宮軍医長だった。

徳島から、由井、半沢たちがやってきた。 そして、十四期生たちに最後の外出が許された。

白鳥の母や妹礼子、南条の妻則子が、愛する人に会うためやって来た。

しかし、特攻の初陣が発表され、南条は串良基地へ発った。その後を追うごとく、B29の空襲があった。

由井が戦死し、不破が負傷した。やがて、白鳥たちも特攻基地、串良へ向った。

そこには片目の剣持大尉がいた。そして南条もいた。 特攻機の故障のため、引返して来たのだ。

白鳥たちは喜んだ。だが、松田司令以下、高級将校たちは、南条を腰抜けとののしっていた。

また、そこの整備兵に脱走した滝がいた。憲兵に捕まった滝は廃人同様。

陣之内大尉以下出撃搭乗員三十余名が、南海の決戦場に飛び発っていった。

昭和二十年四月だった。

使用する機体は白菊 最高速度230キロ/h 

沖縄まで航続距離を延ばす増槽と爆弾500キロでは

離陸がやっと・・・・

 

 

白鳥少尉 松方弘樹
半沢少尉 千葉真一
南条少尉 夏八木勲
不破少尉 蟹江敬三
由井少尉 村井国夫
藤井少尉 島田景一郎
福島少尉 沢登護
島田少尉 五十嵐義弘
金光満樹
白鳥礼子 藤純子
南条則子 佐久間良子
夕子 三島ゆり子
大沼上曹 山本麟一
風間大尉 脇中昭夫
土井中尉 小沢昭一
通信科教員 川浪公次郎
松本上飛曹 宮城幸生
石川一飛曹 名護屋一
軍医 波多野博
大岡大尉 小池朝雄
A少尉 結城哲也
B少尉 野口泉
片倉参謀 高橋昌也
松田大佐 天津敏
久保大尉 唐沢民賢
菊池二飛曹 宮土尚治
白鳥仙蔵 石山健二郎
白鳥貞子 三益愛子
花田一水 西村晃
間宮軍医長 天知茂
千田少尉 穂高稔
剣持大尉 高倉健
陣之内大尉 鶴田浩二