May 10, 2018 (Thu)

凡そ世の中に役立たない話が大好きなプリン

京都の畏友 M君とか、高校同期のこれもM君・Y君とか

限られた学年でしか盛り上がらない。

 

仮に昭和15年 1940年にいたとしよう。

陸軍士官学校を出て少尉に任官したら

(海軍兵学校を出て少尉も同値)

初任給は70円 で、年収では期末の賞与を入れて

約1、000円。 現在の物価を考え、旧1円=3,000円

とすれば、年収は300万円となる。

しかし、軍関係の学校に行くのは、当時やや貧しい出自の

階層が大半だった。高級軍人の子が必ずしも軍人になった

わけではない。長男が軍人 弟は帝大というケースも・・

 

卒業して将校に任官すると、装備は全て

自前となる。

軍刀 700円

双眼鏡 200円

外套   100円

軍服、ブーツ などなど

総計で2000円くらい(現在の物価で600万円)の

借金を背負って、軍隊に入る。

 

片や、帝国大学を卒業して、仮にM物産に

就職した男は、初任給60円程度でも、年収で

すでに1,500円 で、すぐに2、000円に達する。

 

当時は背広は仕立て、月給2か月分として 120円

靴とかを入れて200円程度で所謂月給取り生活が

スタートする。 彼らの出自は一般的にはUPPER MIDDLE

で、恵まれていた。  

 

これに比べて軍人たちと言えば

中尉で80円~90円  大尉でやっと100円

平和時に於ける昇級は緩やかで、月給も中々上がらない。

軍人による階級闘争が、戦争の裏面史にあったのかも知れない。

 

 

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