Jan 22, 2016 (Fri)


奈良で買ったEasy Reading Bookで

『売文生活』 日垣隆著 ちくま新書

仕事中 暇を見て読んだ。



明治40年(1907年)


(当時1円の現在価値は

ざっと5千円)


帝大を出て高等文官試験を通った

エリートの玉子の初任給は

基本給50円 年俸でざっと700円


その同じ年 漱石は

東京帝大講師として年800円

第一高等学校講師として年700円

明治大学講師として年360円


もし専任教授になると月150円

年俸にして2100円

ただし内職(兼業)は禁止


漱石の所帯の入用は月200円程

かかっていた。家計費・書生・お手伝い

書籍 骨董 交際費 などなど・・


読売からのオファーを断り

朝日新聞との条件交渉・・・

事前のフリーエイジェント契約を

文書で交わしている。

英国における契約条件の実際にも

通暁していた漱石 さすが明晰


毎年長編一篇 その他新聞に

載せてもいい短編 随筆

大阪朝日と東京朝日とが

100円ずつ折半で

漱石に月給200円 賞与も

夏冬同額200円

年俸2800円

(漱石の死に際して1万円を香典として

包んでいる。大正5年12月=1916年

漱石 49歳で死去)


現在価値に換算すると月給100万

年俸1400万円 勿論 印税は別途

香典5千万円 流石漱石磐石


それ以外では講演会1時間程度で

講演料60円(=30万円)という記録が

残っている。 


日本最初の講演料の記録らしい・・

明治44年6月18日 信濃教育会


愛妻家の漱石 恐妻家の鴎外


漱石は自由と野心と生活の

問題を綿密な事前交渉と

契約書でBreak Through したのだ。


上記は ほぼ請け売り