結局は自分なのだということ | 思索の森

思索の森

「労働する思索家でないとダメ」という恩師の言葉は、自分の人生を生きていくうえでの、とても重要な意味を持っている。日々の想いを綴っていきます。

イライラするのは、図星だから。

そのことに対して、言い返しようはない。

攻撃的に言われることへの不快感。

唐突な印象を持つことに対する苛立ち。

現状できてないことに対する中途半端さ。

まぁ、あげ出すと色々と出てくるは出てくるけど、結局はやってないことに対する反動。

全ての関係していることが、自分に返ってきている。

そういう状況を作ってしまっているのが実態である。

自分に全ては返ってくる。

そういう構造を孕んでいるのだということ。

やろうとしていることがあっても、かたちになっていない以上、しょうがないところはある。

説明することも言い訳くさいし、弁解する気も別にない。

どこかで諦めることも必要だったりもする。

いろいろな判断をしようとする中で、一方的に攻め込んでこられると打つ手がなくなってしまう。

そのことに対する反発とも言える。

そんな時には、一呼吸置いて、起きていることを客観的に言語化してみる。

そうすると冷静に起きている事象を捉えることができる。