女性科学者の過去と未来(付録) | 高校日本史テーマ別人物伝 時々amayadori

高校日本史テーマ別人物伝 時々amayadori

高校日本史レベルの人物を少し詳しく紹介する。なるべく入試にメインで出なさそうな人を中心に。誰もが知る有名人物は、誰もが知っているので省く。 たまに「amazarashiの歌詞、私考」を挟む。


○現況、日本の「理系女性の進学・進路選択」事情と「女子枠/女性枠」設置拡大について


◇日経新聞 2024.9.1(日)朝刊
 26面「科学の扉:サイエンス Next Views」(執筆・青木慎一)より部分抜粋

〖 産官学で偏見・障害除け 〗

 STEM(科学・技術・工学・数学)分野に進む女性を増やそうと、産学官が躍起になっている。この夏休み、理系志望の女子中高生向けのイベントが各地で開かれた。生徒の意識は変わりつつあるが、保護者の意識は遅れている。親への働きかけも重要になる。

 (中略)

 大学や自治体の独自の取り組みも活発だ。理工系の大学を卒業して活躍する身近なロールモデルの効果は大きい。「参加した生徒の意識は変わった」と関係者は一様に口をそろえる。
 日本のSTEM分野の大学入学者に占める女子比率は19%と、OECD加盟国で最低だ。だが、徐々に変化は見られる。工学部入学者の女子比率は10年度までは10%程度だったが、23年度は17.3%になった。

 (中略)

 模擬試験での志望学科をみても、人気だった生物や化学、建築のほかに、電気・電子系を志望する女子が増えている。「男性が多い印象の職種で女性が活躍し始め、受験生の意識が変化した」という。

 (中略)

 東工大は総合型・学校推薦型入試で女子枠を導入したところ、一般入試でも志望者が増え、入学者に占める女子比率が15%を超えた。入学者にアンケートすると、両親など周囲の理解・応援の不足を感じるという。
 医・薬・農の各学部は女性が3~5割いるのに、理工系はその半分ほどだ。医歯薬系に比べ将来のキャリアが見えにくく、保護者が不安を抱く面もあるかもしれない。大学や研究機関、企業は女性が働きやすい職場を作るなど、取り組みをアピールすべきだろう。

 東京大学の横山広美教授らの研究によると、男女の性的役割に対する意識が強い家庭だと、子女は理系に進まない傾向がある。両親が「女子は数学が苦手」という偏見を持ちがちで障害になっている。
 数学や物理の成績最上位層は成長とともに、男子比率が高まる。だが、理系科目に対する素養は個人差が大きい。性差に対する偏見が少ない家庭の子女は理工系に進学する例が多い。
 STEM分野で女性が活躍するには、様々な障害がある。ひとつひとつ取り除いていくしかない。

 (抜粋終わり)



◇読売新聞 2024.9.2(月)朝刊
 21面「文化」記事(執筆・小林佑基)より引用

〖 クオータ制5年 選出作品に幅 〗
〖 日本劇作家協会 一定数の女性選考委員 〗
〖 性別意識せず発言しやすく 〗

 日本劇作家協会が、賞の選考委員などに一定数の女性を割り当てるクオータ制を導入し、5年がたった。クオータ制は、海外で導入例が多いが、日本ではほとんど導入されていない。協会で会長を務める劇作家の瀬戸山美咲さん(46)に、効果を聞いた。
 協会は、劇作家の育成や地位向上を目指す一般社団法人で、会員はプロとアマチュアの計約580人。男女比はおおむね7対3だ。

 クオータ制は2019年初夏、ハラスメントへの対応について協議していた中で導入が決まった。まずは新人戯曲賞の最終審査員7人の選び方を変えた。
 慎重論もあったが、変革の必要性を感じる会員の方が多かったという。挙げられた問題点として例えば、それまでの戯曲には、登場人物名が、男性は名字だけ、女性は名前だけで表記される作品が多かった。また、女性による作品の含意を、男性審査員が正確に読めていないとの指摘もあった。

 瀬戸山さんは「バランスを平等にすることで、審査結果に多様な視点を反映できるのではないかと考えた」と振り返る。
 それまでは毎年会員の投票で上位から選び、女性は0~2人の年がほとんどだった。これを、少数の方の性でも得票順で3人まで入るようにした。23年に審査員の人数を5人に減らした際には、指名制に変更して少数の性を2人入れることにした。

 導入後は、女性審査員が性別を意識せず、自由に発言しやすくなったという。会議の雰囲気も穏やかになり、長時間の会議も減った。「ジェンダーを扱った作品など選ばれる作品の幅も広がり、とてもいい方向に向かっている」という。
 21年には、会の運営に関わる理事などを選ぶ評議員にもクオータ制を導入。14人中、どちらの性も「4割以上」になるようにすることを定めた。

 クオータ制への慎重論として「実力を伴わない女性を引き上げることになる」と言われることもある。だが、瀬戸山さんは「実力は、何で測るかによって変わるし、誰が見極めるのかにもよる」と反論し、導入後の審査員や評議員に実力不足と感じる人はいなかったと言う。
 クオータ制は女性たちを勇気づけるメッセージになると強調し、「男性だけでは見えてこないことが絶対にある。女性にも決定権を持たせれば、組織は確実に活性化する」と訴える。

 制度は男性にもいい影響があるという。「日本には、なりふり構わずその道を突き進むような人を登用する仕組みが残っている。他の生活があったり、途中で休んだりした人も活躍しやすくなるのがクオータ制。様々な人の声を拾っていかなければ、社会全体も壊れてしまう」

 (引用終わり)



 おおっとぉ!? 前回記事のまとめで、「なりふり構わず自分の “好き” を追い求め、どんな困難にあっても手放さなかった女性偉人」とか書いちゃった! 半分反省・・。

 半分は、合ってるとは思います。根強い差別がまかり通っていた時代に、道なき道を切り拓いた最初の一人。先駆者たるその女性の並外れた努力と忍耐、行動力は称賛されるべきものでしょう。ただし! その奮闘を、後に続く者たち全員に外部から要求するのはお門違い。
 道が切り拓かれて道幅が広がり、多くの女性たちがそこを通れるようになったら、当然いろいろな能力や性格、志望や理想、家庭事情やライフプランを持った多様な人達がそれぞれに歩んでいくことになる。そこで磨り減らない馬力や所属先への滅私奉公のみを基準に評価が決まるのなら、それは男性社会の悪しき価値基準を繰り越しただけに過ぎない。

 頑張りたい人は頑張り、ゆっくり行きたい人はマイペースに歩き、休みたい人は気兼ねなく休む。突き進みたい人の前途を塞ぐものは取り除き、いったん休んで復帰したくなった人には再び挑戦できる環境を整える。
 多様な価値観を取り込む、個々の独自性を担保するとはこのように、柔軟な学び方・働き方ができるようになる事。あるいは、その人がどんな境遇・属性にあっても差別されず、運営の場に平等に参画する資格を持つという事である。

 「理系女性の躍進」も「女子枠/女性枠の導入」も、まだまだ始まったばかり。これから多くの人々の実践を積み重ねて、その中から上手くいった好例、はたまた上手くいかない失敗例なんかの知見も集まってくるでしょう。
 最初から全部がぜんぶ上手くいく、なんて事はないだろうし。もしスタートした新制度で不利益をこうむる女性が少しでも出てくるようなら、そのつど立ち止まって再検討する慎重さも求められる。

 だけれど、たくさんの分野でとにかく試しにやってみようと意気が揚がっているのと、既に現場での試行錯誤が始まっているのは確かである。この機運を軌道に乗せられるか停滞させるかは、ひとえに現在の私たちの心掛けにかかっている。
 道がどんどん広がっていき、自らの能力や適性を活かして社会で活躍する女性が更に増えていく中で、「どんな生き方でも選べる、どんな理想を思い描いても良い」と、行動・選択の自由を感じられる瞬間がより多くなっていくように。

 というわけで、「ものすごく頑張って快挙を達成した女性トップランナー」の模範モデルの次には、「ワークライフバランスを保ちながら社会的に活躍する現在の理系女性たち」の多彩な実践モデルが求められていくだろうか。


○参考サイト、及び前回記事で載せそびれちゃってたリンク集

◇『女性が科学の扉を開くとき』
〈副題:偏見と差別に対峙した六十年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る〉
 リタ・コルウェル
 シャロン・バーチュ・マグレイン


▽出版社サイトの紹介
「米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い、変えてきたのか」

▽本書内容より
▼リタ・ロッシ・コルウェル(生物学者、1934年~)曰く、

「すべての男女は、学校、研究室、職場、昇進、そして私生活において、平等に扱われるべきである。

 科学界の女性たちに便宜を図る必要はない。目的を達するために平等な機会を与えるだけでよい。

 科学において女性の真の平等を達成するには、幅広い社会の変革が必要である。」

 (引用終わり)

◇本紹介サイト「HONZ」
 上掲書の書評記事(執筆・仲野徹)を転載
 大隅典子・大島まり・山本佳世子
 講談社ブルーバックス 2021年



◇『猿橋勝子 女性科学者の先駆者』清水洋美 
▼猿橋勝子(さるはしかつこ/地球科学者、1920~2007年)・・
 大気中や海洋中の放射性物質を研究し、大戦後に繰り返された核実験による環境汚染が想像以上に大きいことに警鐘を鳴らした。


◇「東洋経済オンライン」記事
▼米沢富美子(よねざわふみこ/理論物理学者、1938~2019年)・・
 アモルファス(非晶質)の性質解明、液体金属研究の世界的権威。猿橋勝子を敬愛し、日本物理学会会長も務めた。
 

◇伝記絵本『カタリン・カリコの物語 ぜったいにあきらめない mRNAワクチンの科学者』
◇『カタリン・カリコ mRNAワクチンを生んだ科学者』
 増田ユリヤ ポプラ社 2023年

▼カタリン・カリコ(生化学者、1955年~)・・
 mRNA(メッセンジャー・リボ核酸)研究が新型コロナウイルス向けワクチンの迅速な開発に大きく貢献し、2023年にノーベル生理学・医学賞を受賞。


◇ NHK BS『英雄たちの選択』

◇「VOGUE JAPAN」サイト



 オードリー・ヘプバーン
 グレース・ケリー
 サリバン先生
 アンナ・パブロワ
 エリザベス・ブラックウェル
 与謝野晶子
 マリア・フォン・トラップ
 アメリア・イヤハート
 ターシャ・テューダー
 新島八重
 エレノア・ルーズベルト
 ダイアナ
 ナイチンゲール
 アンネ・フランク
 ヘレン・ケラー
 マザー・テレサ
 クララ・シューマン
 マリー・キュリー
 クレオパトラ
 マリー・アントワネット
 津田梅子
 紫式部
 ローザ・パークス



○あっ、記事アップしようとしてたらこんなの見つけちゃった、こりゃあ書かねば!


◇日経新聞 2024.9.7(土)朝刊
 30面「読書」書評欄より

◇『コンピューター誕生の歴史に隠れた6人の女性プログラマー』
 キャシー・クレイマン(著)

《評》横山広美(東京大学教授)

▼〖 成果を残した専門家の思い 〗

 本書はアメリカのコンピューターの歴史に埋もれた、6人のプログラマーの女性たちの活躍を史実に基づき描いた作品である。
 第2次大戦中、男性は戦争に出てしまい、コンピューターのために雇える人材が乏しかった。そのため、数学科を卒業した女性たちが今でいうプログラマーとして雇われた。彼女たちは戦争が終わったのちも、専門的な仕事を続けて活躍をする。
 しかし著者が注目をするまでは、彼らの活躍はほとんど知られていなかった。著者はコンピューターと写る写真の彼女らを、その佇まいから専門家だと見抜き、ハーバード大の学部時代に調査を始めたのだ。

 この本の中心になるのはペンシルベニア大学ムーア校が陸軍の監視のもとに動かした ENIAC(エニアック)という当時最先端のマシンである。6人はこのマシンが入る前から、砲弾の軌道計算で、創意工夫をしながらIF文や並列計算を開発した。気温や風向きに合わせて大量の計算を行い提供したおかげで、米国の砲弾の精度は非常に上がったという。また、設置された後にはそれとは伏せられた水爆の計算にも貢献した。
 初期のコンピューターにおけるプログラムは手探りで、彼女たちは、バグを取る方法やハードの不具合を探すプログラムなど今も残るやり方を編み出した。

 しかしENIACをお披露目する記者会見では、朝までバグ取りをしていた彼女たちは記者に紹介されることもその後のパーティーに招待されることもなかった。女性を専門家とみなして敬意を払うことは彼らの周りの男性にはなかったのだ。悲しみはしたが、彼女たちは仲間から信頼を得て仕事を続けた。
 その後もENIACは、手計算では100年かかる問題が次々と持ち込まれ、彼女たちは、数学と論理、コンピューターを熟知した専門家として成果をあげた。彼女たちは才能豊かな専門家だった。

 現在はコンピューターの法律家として知られる著者が伝えたいことは、理系は女性をはじめ皆に開けている、ということだ。戦時中と異なるのは、私たちは平和の重要性を理解していること、さらに男性の代わりにではなく、女性自身の活躍を世界が願っていることであろう。本書は戦時中の女性の暮らしを知るにも興味深く、ぜひ多くの方に読んで頂きたい。

(引用終わり+特設動画↓)



 ムムッ!?

 もしかして、日本が今やシステム開発や革新的サービスなどのコンピューター応用分野で世界に大きく遅れをとっているのは、この分野で活躍する女性の絶対数がまだまだ少ないからじゃ?
 プログラミングといえばその基礎となるのは数学と電子工学。日本では特にその領域に、女性に対する「数学ステレオタイプ」「理系ジェンダーバイアス」がなお強情に居座っている。
 それで、優秀な女性がこのフィールドにあまり入ってこない→マンパワーが充実しない→結果として世界に打って出るような優れた人材、豊かな発想が育たない、のかな?

 21世紀は「コンピューター」「AI」の時代(たぶん)。コンピューターやプログラミングの分野でも前世紀半ば以来の飛躍的な発展を振り返り、その創発からの通史を編んでみようという営みも活発になるだろう。
 そこで次々に掘り起こされる秘話、女性プログラマーやエンジニアたちの隠れた功績、彼女らがコンピューターの進化に果たしてきた多大な貢献。
 本記事前後編で取り上げてきた、エイダ・ラブレス、グレース・ホッパー、キャサリン・ジョンソン、マーガレット・ハミルトン・・・。

 自分のしていることには光が当たらないかも、むしろ世の風当たりが強いなコレ、とめげそうになりながらも果敢に挑み、成果を上げてきた数々の女性たち。その歴史に鑑みれば、なんて勿体ないことをしてきたんだろう、そして今もしているんだろうね、この国の通念は!
 いやいや、これまでの道程をその場かぎりの嘆きや恨みつらみで終わらせてはいけない。大事なのは現在、そして未来。知られざる女性科学者たちの遠大な物語が輝きを放つのは、まさに今ここからなのである。

 最後に。これも最近読んだばっかの雑誌記事から、何か良さげな文言をご紹介。


◇論談誌『世界』2024年10月号
 高橋純子(朝日新聞)の新連載「あたふたと身仕度:第1回 詩集のためのポケット」中の一節を引用

「 常にあなたを他の誰かのようにしようとする世の中で 他の誰でもない自分でいること、それは人間にとって最も過酷な戦いに挑むことを意味する。戦いを諦めてはならない。」

〖 自身も職場でのジェンダー差別にうんざりしたという執筆者・高橋純子による注 〗
( 2017年の春、東京・赤坂の東京ミッドタウンで、コム・デ・ギャルソンが白い工事フェンスに黒文字で浮かび上がらせた、米国の詩人 E・E・カミングズの詩だ。)



 工事中の看板にすらこう書いてあるんだから、もはや時代はこの方向に音を立てて動いているんだろう。

 自分が自分らしく生きる事を、諦めてはならない。