先生でも走るんだから、私みたいな下っ端は忙しくて当然な12月。

 

でも11月末の、目眩がしそうに大変だった時に比べたら、、、ね。

 

コンビニやお弁当屋さん頼みの食事から解放されて、家で作ったものが食べられる幸せを噛み締めてるよ。

 

時々ここの記事にも出てきてた、うちのじいさんが星になった。

 

丈夫な人で、そこまで大きな病気もなくきたのに。

 

当然老衰で死ぬんだろうと思ってた人が最後にあんなに苦しんだのは、家族としても予想外だった。

 

せっかく馴染んできた施設の部屋をひきはらって、病院の部屋に移った。

 

施設の部屋や病室を行き来する中で気づいたんだけどさ。

 

この空間なんだかほっとするなとか、居心地がいいなとか、そういうこと思う部屋には、

 

必ずだれかのご厚意というか、優しい気持ちで用意されたアイテムがなにかあるんだよね。

 

それは肌触りのいいタオルケットだったり、美味しい物がいっぱい入った冷蔵庫だったり、

 

なんなら、ナース詰所の受付に置いてある可愛いくまちゃんの置物だったり、その時によるけど。

 

そんななんでもないものが、それを用意してくれただれかの優しさが、人の心を温めてくれる。

 

たとえタオルケットを使うのが自分じゃなくても、用意されてる食べ物を食べなくても、一瞬視界に入るだけの置物でもね。

 

それがそこにあるだけで温かいんだよ。

 

そういうのがひとつもない部屋は無機質で、捨てられたお菓子の空き箱みたいに寒々としてる。

 

人工物の限界ってそういうとこかもしれない。

 

だれかの気持ちっていう副食がないと、温かく感じられない。

 

でも自然はなんていうかこう、、、もっとダイナミックなんだなと思った。

 

息をするのも苦しそうなじいさんの病室を出て、家に帰る道すがら見た紫色の花の、なんと鮮やかなこと。

 

私はそんなに花好きじゃないし、花は人を癒すために咲いてるわけじゃないけど。

 

生きてるって美しいものだなと心底思った。

 

 

 

葬式とかいろいろ一段落した後、私の提案でじいさんの慰労会をした。

 

ばあちゃんとうちの両親、妹夫婦とお千代も入れて、例のまずい天津麺のお店で。

 

じいさんが愛したお店だった。

 

「今日はご家族お揃いで来てくれたんですか^^おじいちゃんは?」ってお店の人に言われて、

 

「実は今日はじいさんの慰労会なんです^^本人はもう居なくなっちゃったんですけどね 笑」って、写真立てに入れたゴキゲンな顔をしたじいさんのスナップを見せた。

 

「あら、、、よく来てくださったのにね。。。残念です」って、お店のママさんも眉をハの字にして言ってくれた。

 

ちょっと薄暗くて陰気な店内に、文字通りとってつけたような光り方をする電飾のついたクリスマスツリーが飾ってあった。

 

作業服を着た年配の男の人が三人、ビールを飲みながらグダグダしゃべってるのが聞こえた。

 

じいさんがいなくなっても、世界はいつも通りだし、私も意外と淡々と暮らしてる。

 

あんなに賑やかな人が居なくなってもそうなんだから、どんな人が死んでも世界はいつも通りなんだなって。

 

人の生きた証ってなんなんだろう、、、とか一瞬思いかけたけど。

 

私のこの、美味しいものへのこだわりや、たくさんの食べ物を親しい人と囲みたいっていう、

 

私の人格を語る上で無視できない考え方のクセみたいなものは、確実にじいさんから受け継いだもので。

 

あぁ、じいさんの生きた証、こんなとこにあった。って。

 

ちょっとセンチメンタルになってるんだろうか。

 

なんとなく自分の胸にあてたあかぎれだらけの手が、セーター越しに血潮の温みを感じた気がした。

毎年この季節になると、妹と割り勘で氷川きよしのカレンダーを買ってばあちゃんにプレゼントするのが恒例になってる。

 

だけど、最近あんまりきよしって言わなくなったなぁ、、、と思ってたら、最近ちょっときよしさん雰囲気変わったなぁと。

 

ミニスカート姿の写真をネットニュースかなんかで見たな。

 

これが自然な姿なんだったらいいことだなと思うけど、彼の着物姿を男らしい!って惚れ惚れと見てたばあちゃんはどう思ってるかなって。

 

今年もカレンダー要る?って訊かなきゃいけない時期が来てたんだけど、どうしても訊けずにいた。

 

なんでかなってはじめはわからなかったんだけど、たぶん私は怖かったんだろうな。

 

「きよし好き」って要素は、ばあちゃんの材料の中でかなり大きな欠片なんじゃないかなって思って。

 

パズルでいうと、そのピースがないとなんの絵かわからなくなっちゃう重要なピースなんじゃないかなって思ったんだな。

 

もしもう今年はカレンダー要らないって言われたら、ばあちゃんの大事な材料がなくなっちゃうような気がした。

 

自分で訊くのが怖いから、母ちゃんに訊いてもらうことにした。

 

一緒にごはんを食べてた時、母ちゃんがなんでもないような感じで「そろそろきよしのカレンダー出てると思うんだけど、買おうか?」って言った。

 

ばあちゃんは「うーん」って言った。

 

私は金縛りにあったみたいに息まで止めて、ちょっと掌に汗をかきながらばあちゃんの返事を待ってた。

 

「うん、買いたいな」ってばあちゃんが言って、やっと体が自由になった。

 

よかった、ばあちゃんのピースはなくならなかった。

 

でもこういうことを考えるのって、すごく得手勝手なことなのかもしれないな。

 

どんなものも変わりゆくものだし、私がイメージしたままのあなたでいてほしいなんてこと、それがたとえよく知ってる相手だったとしても、生きた人間に求めるのはおかしなことで。

 

と、ここまで考えて、いや、そういうことが言いたいんではないんだよな、と思い直す。

 

ばあちゃんがきよし好きじゃなくなること自体は、それはそれでいいんだ。

 

でも年々いろんなものへの興味を失って、そうでなくても元々保守的なばあちゃんが、

 

失ったピースを補うくらい夢中になれるものを見つけてくれるだろうかっていう。

 

私の不安のもとはそれなんだよ。

 

好きなものがあるって、それだけで元気になれるからさ。

 

大袈裟な言い方だけど、辛い時に生きる意味としてカウントすることになるかもしれないものだよ。

 

そういうのをできるだけたくさん持って暮らしてもらいたいんだ。

 

ばあちゃんだけじゃないよ。

 

私もそういうのを大事にしたいし、今これ読んでくれてるあなたにも持っていてもらいたいんだ。

 

ひとつひとつは小さいけど、日々無数の喜びを与えてくれるようななにかを。

近所の中華屋さんの天津麺のスープには、コクがないそれに不似合いな量のフライドガーリックが浮かんでる。

 

麺はコシって何?とか言いたげな、、、お年寄りにやさしいかたさ(;^ω^)

 

玉子はタマネギとニンジンのみじん切りをたっぷりの油でしっかり炒めて甘みを出したものをとじてるのかなって感じだけど、、、甘い、ラーメンらしからぬ甘さ。

 

母ちゃんの作った野菜入りオムレツって感じ。

 

ほんと、天津麺を食べたことない人が、勝手に想像して気分出して作ったんじゃないかってくらいよそのと違う。

 

かといって全然そこの名物とかでもなく、もっと美味しいメニューがあるのに、なぜか気がつくと天津麺を頼んでるんだよな( ´,_ゝ`)

 

不思議だからぜひ行って食べてみてよって妹に言ったら、

 

やだよ、不味いのに食べるのやめられないとか呪いじゃんそれ、って言われた 笑

 

んー、顔とかでもさ、そんな美人じゃないと思うのに、なんでだかわからないけどどうしようもなくハマっちゃう、クセになる顔ってあるよね。

 

何を感じとってクセになってるのかわからないけど、気づいたら虜になってる。

 

食べてみても、あー、やっぱり不味い。って思うよ。

 

でもしばらく食べないでいると、あー、○○軒の不味い天津麺が食べたいなぁって思う。

 

これはなんなんだろうって考えたんだけど、たぶん限りなく愛に近いやつだと思う。

 

なぜそう思うかって、私もだれかからそんなふうに思い出してもらえたら最高だなと思うからだ。

どこのお店もクリスマスの音楽を流し始めるね。

 

前はそれをちょっと節操がないなって思ってたけど、今はなんかこう、胸がじーんとしてしまう。

 

甘酸っぱい胸キュンとは違うやつね。

 

クリスマスって誕生日なんかと違って宴に主役が参加しないからかな。

 

みんな平等に思い出せるんだよね。

 

今年は何もらえるのかなってワクワクした子どもの頃も、

 

好きな人とデートだなんだってソワソワした時のことも、みんな懐かしい。

 

でも今はもっとなんか、、、ほろ苦いよ。

 

3日も会わずにいるとなにか新しいことができるようになるお千代と、

 

だんだん食が細くなってくじいちゃんばあちゃんのことを考えながら、

 

今時期のスーパーで魚とか選んでる時がもう大変。

 

あぁ、今。今この時が愛おしいって。どんなに時間よ止まれって念じても、待ってくれることなく時は過ぎてくんだなと思うと堪らなくなってさ。

 

ホワイトクリスマスが流れる店内で滝のように涙流してる訳あり女のできあがり~になっちゃうの、ほんとどーにかなりませんかねぇ?笑

 

ここんとこそんな感じで、ちょっと困ってます・・・・(;^ω^)

「すっきり」とか「爽やか」とか。

 

ジュースやミントのガムに書いてるね。

 

「こってり」だったり、「まろやか」だったり、商品によっていろんなのあるよね。

 

でもなんかこっちが予想してるのと違う言葉が書いてあったらどう思うんだろう。

 

たとえば歯磨き粉のパッケージに、「濃厚なバターの風味」って書いてあったらどう?

 

ジュースのパッケージに「ジューシーな」って書いてあったら?笑

 

私は気になって一回くらい買っちゃうかも。

 

それでここに写真付で記事書いちゃうかも。