なんかまた感覚が変わってきたぞ。
前はフィクションだろうけど~って思いながらもそれなりに楽しんで読めてた、
簡素な台所に趣味のいい食器が入った棚があって、焦げ跡が全然ない調理器具があって、流し台も水滴一つ落ちてない、、、みたいな人の本が、
なんか読んでると息苦しいのよね。
素敵だなとは思うけど、生活ってもっと雑多なものに囲まれてするしかないってのが、三十余年も生活してるとわかるから。
トイレ掃除の道具とか、排水溝の掃除してる古い歯ブラシとかにお世話にならないと暮らせない、かっこ悪い私がたしかにここに居るってのに、
そういうものへの恩を忘れて暮らすのか?って。
あ、あと、便利な物をあえて使わずに前時代的なことをするのも、ある意味では生活の余裕の象徴になり得るってのも思うようになった。
それこそ、梅を漬けるとかな 笑
ま、楽しいからこれからもすると思うけど、これだって生活に追われて余分なことする余裕が一切ないならできないことだよ。
だからこれは完全なる趣味。道楽。
丁寧な暮らし風ファンタジーだってことを忘れずにいないと、なんか鼻持ちならない人になりそう。
評価してくれる人もいて嬉しいけど、そういう余裕があることに感謝しながら生きてくってのが、趣味人としてあるべき姿な気がする。
「弁当に入ってた、しめじと一緒に炒めてあったアレはなんだ?」って父に訊かれて、「大根の皮」って答えた時に起こる笑い。
生ゴミを少しでも軽くしたいがための現実的な理由でしてることだけど、こういうのを褒めてもらえるのは素直に嬉しいよね。
生活って地味で、かっこ悪いところも多々あるけど、だからこそ納得すれば無理なくやっていける部分もあるんだよな。
この流れで言うことなのかはわからないけど、最近料理が老けてきました。
前はつくる気になれなかった魚料理や、煮物や、酢の物、味噌汁なんかが、ちょっと外食が続くとどうしようもなく恋しくなる。