「友達を選ぶ基準は?」みたいな話になってね。

 

「笑いのツボが合う人」とか「食べ物の好みが合う人」とか、みんないろんなこと言ってたんだけど、一人の子が、

 

「自分にとって得になるかどうか」って言ったの。

 

んー、、、これだけ聞くとすごく傲慢な人を想像するかもしれないけど、

 

彼は自分の趣味の道具とか、新しく始めようとする人に気前よくひょいとあげちゃったり、

 

プレゼント交換とかする時も、絶対相手に一方的に損させないぞっていう意志を感じるようなものを選んでたりね。

 

自分にとって得になるかどうか、っていう言葉のイメージみたいな、冷たい感じの子ではないのね。

 

でもこれは言葉が強すぎるな、、、みんな引いちゃってるな、、、いい子なのにもったいないな、、、と思ったから、

 

「しつもーん。何をもって得とするの?今まで話してきた感じだと、あなたが金銭的に得をする相手としか付き合わない人にはどうしても見えないよ~」って言ったのね。

 

そしたら「話してて楽しいと思える相手としか付き合わないってことっす」って言われた(;^ω^)<じゃぁそう言えよ・・・・

 

でも私も若い頃はそういう過激な表現よくしてたな 笑

 

で、年上の友達をハラハラさせてたんだろうな(´▽`;)アハハ

 

そういういい子だけど生意気言ってしまう子のいいところ引き出せるような大人でいられたら、「老害」とか言われずに年とれるかしら 笑

 

自分より若い人とも年上の人とも、いい友達になれるようなやわらかい人でありたいなと思う。

絶対冷静に書けないなと思って。

 

ショックだった―くらいはガマンできなくて言ったような気もするけど、彼についての記事をアップするのをできるだけやめてた。

 

マッキ―が好きすぎて、彼だけを極端に弁護するような記事しか書けないだろうなと思ったから。

 

ドラッグで捕まる人のニュースがあるたび言うことだけど、ほんとそろそろドラッグ中毒者は犯罪者じゃなくて病人として扱おうよ、、、と思う。

 

罰してどうにかなるもんなら、再犯がこんなに多いはずはないもの。。

 

あとさ、世間の風の冷たさも、再犯の後押ししてるよね、たぶん。

 

常に「あれさえあれば幸せな気持ちになれる」って思うものを、でもそれはしちゃいけないってガマンしてる状態でさ。

 

ガマンしてるのに「あいつは一度過ちを犯したヤツだ」って言われ続けてみ?

 

「ガマンしてももう一回やっても批判されるなら、もう一回やってしまおうか」って思うでしょそりゃ。

 

「一度手にしたすごい快楽を忘れられないってしんどいだろうね。。ガマンしようとしてるのえらいよ」って背中さすってやらなきゃいけない人でしょ、と思う。

 

そういうことに手を染めそうになるくらい辛い時は、一声かけてねって、身近な人は言ってあげなきゃいけないんじゃないのと思う。

 

一緒に美味しい物食べにいこうって。

 

あんまり大っぴらにはだれも言わないけどさ。

 

ドラッグ中毒者に限らず、みんなそういう関係性に支えられていたいものだよね、人は。

って、今読んでる本に書いてあってさ。

 

なんかちょっと、なんていうか、、、頭の上にクイズ番組の早押しボタンのピコーン!って音が鳴るやつが立ったような感じがする。

 

なんでだろうって考えたら、私が最近ぼんやり思ってることを言語化するとそういうことだからかもしれない。

 

なんていうか私、人の気持ちわからないんですよね。

 

人と話した時、相手が今どんな気分でいるかとか、全然想像できない。

 

いや、みんな正確にはわからないと思うけど、度合いが違うと思うの。

 

予想が外れるとかそんなレベルじゃなくて、そもそも浮かんでこない。

 

私がこういう時どう思うかとか考えても、一度も参考になったことない。

 

だから20代くらいまでの私の「人の気持ちを察する能力」は、

 

「○○なシチュエーションで人はどんな気持ちになるか」のサンプルを、本や映画を見ていっぱい集めただけのものだったと思う。

 

本や映画を味わうのは人と話す時と違って、包み隠さず思ってることを言ってくれる場合が多いんだよね。

 

人とそういうつっこんだ話しようと思ったら、まずそういう話ができるところまで仲良くならなきゃいけないじゃない?

 

・・・・平たく言うと、そこまで行けなかったんだよね。

 

だから人と関わる時は、目隠しして歩いてるみたいな不安が常にあった。

 

それは知らない人相手だろうが、家族が相手だろうが変わらなかった。

 

ずっと苦手分野だった人間関係だけど、なんかもう緊張して暮らすのに疲れちゃったからさ。

 

相手が受け取りやすい形で、言葉を選んで伝える練習してる。

 

相手がどういう気持ちなのかわからないから、「どう思うの?」って訊くことにした。

 

それから、一見話しても話さなくてもいいふうに見える世間話を侮っちゃいけないと思うようになった。

 

行きつけのお店の店員さんとか、郵便屋さんとか、いつも注射打ってもらってる看護師さんとかさ、

 

一緒にごはん食べたりはしないけど顔は知ってる、くらいの知り合いの人たちに練習相手になってもらってるんだ。

 

「今日は寒いですね」とか、「この後久しぶりに友達とお茶してくるんですよ」とか。

 

今まで世間話を忌み嫌ってたから、まだ全然匙加減がわからないけど。

 

口数の多い人だなと思わせず、無愛想な人だなとも思わせない、心地よいとこを目指す中で、

 

ある時ふと、そういう何気ない会話に救われてる自分が居ることに気づいたの。

 

世界は私が思うより優しい。

 

世間は下世話で理性的じゃなくて苛酷だけど、世界は知らないところに訪ねて行く勇気を出した人には寛大なんだね。

 

ほんとに私、四十も見えてきたこの頃まで知らなかったんだ。

私が働く妨げになってたのはなんだったかなって考えたら、出勤が一番ネックになってたと思うんだよね。

 

潰瘍性大腸炎の調子が悪いと、5分に一回トイレに行かなきゃいけないとかさ(;^ω^)

 

無事職場にたどり着けたら、好きな時にトイレに行くことをゆるしてくれるなら、作業は問題なくできる。

 

その特性を考慮した結果、内職を始めることにした^^

 

もちろんそんなたくさんはお金もらえないけど、なんもしないよりは、ね。

 

病院代稼げて嬉しい(´∀`*)

 

自分でやってみて思ったけど、ひきこもりの人とかさ、無理矢理外に出すこと考えずに、内職とか家でできることを斡旋してあげればいいんじゃない?と思った。

 

朝が弱いとか、周りに人が居ると集中できないとか、私みたいに出勤する体力がないとか、

 

健康には問題ないけど、介護とかいろんな事情で家から離れられないとか?

 

世の中にはみんなが当たり前にやってることをするのが辛い人って居るのよね。

 

そういうのをワガママって言わずにさ。

 

「健康で問題なく働ける人の世界にようこそ」ってするんじゃなくてさ。

 

いろんな事情に合わせた仕組みを別に作ったほうが上手くまわると思うんだよな。

 

一見めんどくさいことに感じるかもしれないけど、トータルしたら絶対、社会全体にとってお得だと思う。

 

困りごとさえクリアできるなら、働けるもんなら働きたい人はいっぱい居ると思うね。

 

働き手が少なくなってきつつある、みたいなこと言うし、もっと柔軟にできればいいよねぇ^^

戦争中の家計簿が残ってて、今と変わらず美味しい物食べてた記録残ってますよ~みたいなことを言ってるのがあった。

 

・・・・確実にこの国を動かしてる人の中に戦争したい人が居るなって思う瞬間だよね( ´,_ゝ`)

 

そんな記録、相当な富裕層のおうちのものだと思うよ。

 

うちのばあちゃん言ってたよ。

 

食べ物がなくてなくて、悲しい子ども時代だったって。鉛筆もノートも、新しいものなんて手に入らなかったって。

 

だからそんな家計簿どこから持ってきたかしらないけど、一般家庭の人に家計簿を欠かさずつけられるはずがないんだよ。

 

戦争してるなんてどこか他人事みたいな感じがしますねぇ、、、とかコメンテーターが言っちゃってるの。

 

だから戦争しても大丈夫だとでも?

 

私には身近に生き証人が居て、そんなのは嘘だってちゃんとわかってるけど、テレビの内容を鵜呑みにする人がいっぱい居るのかな。

 

そう考えるととても怖い。

 

戦争絶対反対!!アカウント削除されるかもしれないけど、今回は黙ってられない。

 

戦争絶対反対!!