ツイッターでRADIO歌舞伎町って検索かけたら出てくると思うけど、

 

家に居たくても生活できないから働くしかない、みたいな内容の曲出してる人が居たね。

 

ま、その通りだと思う。

 

星野源さんの曲は、遊びに出かけるのはちょっと待った、ぐらいの意味なんだろうなと個人的には捉えてたけど。

 

通勤電車乗ったり、営業まわったり、みたいな生活の人が聞いたらたしかに腹立つだろうな。

 

やっぱり政治が悪いと冷や飯食わされる人ができて、

 

冷や飯食わされる人ができるような状態だと揉め事が起きるよね。

 

不平等を訴えたらみんな一律に悪い状態にされてしまう、みたいのがわりとまかり通ってしまうのが悲しいところだね。

 

病気で死ななくても、収入途絶えて餓死してしまうとかシャレにならないわ(;^ω^)

 

なんかそこらへんのこと、前回とか前々回の記事で言わなかったよね。

 

嫌な思いさせた人、ごめんね。

まずは、こんな世の中になって、いつも以上に忙しく働いてくれてるあなたに、ありがとうって言ってから話し始めなきゃね。

 

医療関係の人、物流の人、保育とか介護の人もそうかな。

 

称賛する言葉が時に、人の心や行動を縛ってしまうことは百も承知なんだけどさ。

 

申し訳ないけど、ほんとに、ありがとう以外の言葉が見つからないよ。。

 

ごめんね、ありがとう。

 

ほかの、私が知らないけど忙しい仕事の人もありがとう。

 

あなたがいるから、みんな助かってます。

 

 

 

そして今回のメインテーマなんだけど。

 

今って、大事な人ほど会いたくない時期だよね。

 

私も会いたい人が居るけど、もし私が病気にかかってたとして、強引に会って、大事な人やそのご家族になんかあったら、、、って思うと、

 

私はもう生きていけないだろうと思うよ。

 

ワクチンができるのが一年以上先になる、みたいな話を聞いた。

 

一年も会えないのか、、、って思うと、そりゃ寂しいけども。

 

せっかく一年も会わないなら、その間になんかいいことを身につけてびっくりさせてやりたいなって思わんでもないよね 笑

 

英語話せるようになるとか(´∀`)

 

外食しづらいから、自炊が上手くなるチャンス。

 

ハンドメイドも捗るね^^

 

商才がある人なら、こういう時をチャンスに変えちゃったりすんだろうなぁ。。

 

もしかしたら新しい便利な物や、魅力的な文化が生まれるかも?

 

なんて思うと、ちょっと楽しくなってくる^^

 

で、私はなにするかって?

 

そうだなぁ、まずは筋トレしてイイ体になろうかしら(´▽`*)アハハ

星野源さんの企画、いいですね(´∀`)<youtubeで聴ける

 

同じ曲でも演奏したり歌ったりする人によってこんなに違うんだ~って。

 

見たことも聞いたこともないような珍しい楽器でコラボしてる人もいて楽しい。

 

こんなに楽器できる人を羨ましく思ったことなかったかも 笑

 

聴いてると元気出るから自動再生にしてずっと流してる。

 

なんていうか、ひとりじゃないなって思うね。

あーあ、子どもの頃大好きだった人が死んじゃったよ。

 

あんなに影響力のある人でも、一般人と同じように流行り病で死ぬんだな、なんて。

 

当たり前かもしれないけど、なんか不思議だわ。

 

特にファンとかいう意識はなかったけど、もうなんていうか当たり前なのよ。

 

わざわざ口にするまでもない。

 

彼が偉大なコメディアンなのは当たり前だと思ってた。

 

それくらい私にとっては神様みたいな人だったよ。

 

高校時代に生物の先生と、志村さんのことでやり合ったのを思い出したよ。

 

授業の中でその先生は「たとえば志村けんが数年で稼ぐ金が、俺の一生分くらいだと思うけど、俺は次世代に遺伝子を残してるからな。生物学的には俺の方が価値のある男なんだ」とか言った。

 

私はなんだかすごく腹が立って、「人の価値は他の人の人生にどんな影響を与えたかで決まるでしょう?誰の方が価値があって、誰は価値がないとか。そんなことを言って先生は、私たちにどんな影響を与えようと思ってるんですか?」って手紙を書いた。

 

結局その先生には嫌われ続けて、テストの点数はわりと良くても通知表は3だったけど(笑)、

 

私はあの時言ったことは本当のことで、しかも大事なことだと思ってる。

 

体が弱い人も居る。結婚しない人も居る。子どもがいない人も居る。仕事に就かない人も居る。

 

子どももお年寄りも、女性も外国人も、ゲイもホームレスも、いろいろ言う人は居るけどさ。

 

みんな生きてることを喜ばれるべき人だと思うよ。

 

人間は負けるように造られてはいないんだ、なんて偉い人は言ったけど、ほんとそうだと思うよ。

 

みんなそれぞれの場所で根を張って、だれかに影響を与えて死んでいく。

 

僕はひきこもってるからだれにも影響与えてないよ、とか言う人も居るかもしれないけど、

 

そういうのこそ、自分のこと過小評価しすぎだと思うよ。

 

忘れがちなことだけど、まず、だれかがそばにいてくれないとひきこもれないのよ。

 

独りだって思ってても、ドアを開ければだれかいるところで暮らしてるんだったら、あなたはだれかに影響を与えてるよ。

 

ひきこもってた私が言うんだから、それは間違いない 笑

 

たとえ無人島で一人で自給自足の生活してたとしても、その人がちゃんとごはん食べてるかなって心配する人が居るなら、それは影響与えてるよ。

 

その生活の営みが、いろんな理由である日途絶えても、それが敗北なわけはないと思う。

 

志村さんも、私も、これ読んでくれてるあなたもそうよ。

 

人間の価値は子どもの有無でも年収でも決まらない。

 

弱い者は価値がないとか言うなら、なんの道具も持たずに素っ裸でサバンナとか密林で暮らせばいいと思うわ。

 

服もケータイもテレビも野菜も、全部一人で作って暮らしてる人なんて居ないでしょ。

 

みんな弱いところをだれかにカバーしてもらって暮らしてるのを思い出せばいいと思う。

母ちゃんがばあちゃんの家に住み込むようになって、そろそろ4ヶ月になるかな。

 

神経質な父と二人暮らしは正直、結構な緊張を強いられるけど。

 

でも、優しい人たちの支えもあって、その緊張を少しずつ日常にできつつある今日この頃。

 

はじめは台所仕事を全部仕切ってた私も、内職始めたりしてなかなか思うように動けなくなった。

 

どうなるかなと思ったけど、気づけばあの台所に立ちもしなかった父が、朝ごはんくらいは一人で作って食べられるようになってた。

 

父は何事も理論から入ろうとするタイプで、何をするのも下調べを念入りにして、

 

「なるほど」って納得したらもう実際にやってみなくても満足、みたいな人だった。

 

その父が今、実践をもって極めようとしてることがある。

 

それはゆでたまご^^

 

初めて父が作ったゆでたまごは、それはそれは硬い、石みたいなゆでたまごだった。

 

黄身のとこがぱさぱさで、飲み込もうとしたらむせてしまうようなやつだった。

 

それが今は、かじるときれいなオレンジ色の黄身が顔を出す、硬からず、柔らかからずの名品みたいなゆでたまごを作るようになったんだ。

 

先端恐怖症で包丁が使えない彼にとって、ゆでたまごはとっつきやすい料理だったのかもしれないけど、

 

それにしてもね、人間っていつからでも成長しようと思えば成長するんだなって。

 

感動しなくもないんだよね。

 

腹立つ時はいくらでもある。

 

私の周りの優しい人たちは、私の「ちょっと聞いてよ~」を受け止めてくれてね。

 

ほんとに助かってる。

 

そういう人たちのおかげで父に「今日のゆでたまごは傑作やわぁ~」って言える(´▽`*)アハハ

 

父もほんとはかたゆでが好きなのに、私の好みに寄せてくれてるのがわかる。

 

「やわらかい黄身の良さもわかってきただけじゃ」ってそっぽ向いて言われるけど、

 

そういうちょっとした変化に希望を感じずにはいられない、春の日なんである。