は、母がよく言う言葉。
「もう、いつまで経っても文学少女みたいなこと言って 笑」って笑ってたけど、
今ほどこの、心の自由の大事さを痛感したことはなかったよ。
心を縛りつけられてもなんとなく文句言っちゃいけないような気にさせられてしまう風土が、もともと日本にはあるようで。
もちろん、だれに迷惑かけようが好き勝手していいって言いたいわけじゃなくてさ。
今みたいに訳あってできるだけ外出しないようにしなきゃいけない時も、
「外出しない、人に会わない」っていう行動だけ、足並みが揃ってればいいんであって。
なんか絆絆言われると、物理的には離れてても心理的な距離が密過ぎて息が詰まっちゃうのよね。。
だってさ、家によって自粛の難易度って変わると思うもん。
経済的に豊かな、健康な大人ばっかりで住んでるおうちにとっては、そんなに難しいことじゃないでしょきっと。
でも元気が有り余ってる小さい子が居るおうちは・・・?
「子どもが居る家」っていう同じカテゴリの中でも、小さいワンルームのアパートに子どもがたくさんすし詰めみたいになって自粛するのと、
お庭やベランダがあって、そこで子どもを遊ばせてあげられるおうちの人とだったら、そりゃストレスの度合いが違うよね。
私も子どもの頃は社宅のアパートで暮らしてたけど、いつも「騒ぐならお外で遊んできな!」って言われたよ 笑
それぞれ事情が違うんだから、やっぱりそこんとこ思いを馳せるって大事だと思う。
こっちの都合なんかなんにも考えてくれないのに、ルールだから守れ!って縛りつけられたら、
なにが絆だ!なんで私は尊重されないのにルールだけ守らなきゃいけないんだ!って言われてもまぁ、
そりゃそう思うよねぇ・・・・って。
ねぇ、大変ですよねぇ。。しんどいけど、病気広がったら結局みんな困ってしまうから、できるだけ外に出ずに過ごせる方法みんなで考えましょうねぇ。
って言われるのと、どっちが聞きやすいかってことよ。
絆云々言うなら、そういうふうにするのがほんとでしょと思う。
心が密でもなんもいいことないよ。
みんなが自分と同じように考えてる前提で動くと、無理解とか無共感しか生まれない。
一心同体は寂しいことよ。
あなたと私は違うっていう前提じゃないと、共感も会話もできないのよね。