美味しいものを食べた時「あぁ、○○にも食べさせてやりたいな・・・・」って。

 

その場に居ない親しい人のことを考えるのって、私だけ?

 

昔からそういうこと思う傾向強くて、千鳥足で寿司折持っておうちに帰るのに憧れた子ども時代だった 笑

 

去年の末に亡くなったうちのじいさんが言ってた。

 

「美味いもんの周りには人が集まり、人が集まると楽しい話が集まる」って。

 

激しい性格してて人付き合いが不器用だったじいさんが言ったことだから、それなりの処世術になってたんだろうなって。

 

かえって信憑性を感じるのよね。

 

ひとりで食べても美味しいものは美味しいけど。

 

食べてる時に思い浮かべる人がみんな居なくなっちゃったら、私はどうするんだろうな、なんて。

 

じいさんの仏壇にコロッケをお供えしながら思ったりする。

告白します。

 

私の罪の話をします。

 

はじめは、ほんの出来心でした。

 

見つからなければいい、見つかったとしても、これぐらいみんな一度や二度はやったことあるだろうって。

 

だれも私を責められないだろうって。

 

でも一度するとまた一度、もう一度、、、って。

 

気がつくともう、後戻りできないくらいに溺れていました。

 

手元にそれがなくなると、ずっとそのことを頭の隅で考えてしまうくらい。

 

二日目のスープの中の鶏肉みたいな、味気のないパサパサなものばかり食べてきたことへの反動でしょうか。

 

それはもう見苦しいくらいに、のめり込んでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・ゆでたまごをマヨネーズで食べることに 笑

 

いやー、正直ね、なんでもマヨネーズかければ解決!みたいな食生活はなんだかなー、、、、と思ってたタイプなの、私。

 

あ、でもマヨネーズ好きの人を否定してるわけじゃなくて、単純にマヨネーズはサラダくらしか使わない家に育ったってだけね。

 

潰瘍性大腸炎になってからは、マヨネーズ、増粘多糖類入ってるしなーって。

 

できるだけ使わない方向で、、、、と思ってたんだけど、塩分のことだけ考えると、マヨネーズってわりと調味料の中では塩分控えめなのね。

 

だから腸の調子がまずまず良くて、尚且つ今日は血圧高めかなって日は、マヨネーズ使う日がちらほら出てきた。

 

ツナマヨとか、タラモサラダとかの流れで、なんとなくゆでたまごにそのままかけて食べたらハマっちゃった(;^ω^)

 

ま、考えてみたら、ゆでたまご潰したのをマヨネーズで和えたやつをサンドウィッチにしたらめちゃくちゃ美味しいもんね。

 

美味しいけどあんまり頻繁に食べると腸に悪いしねぇ(;^ω^)

 

完全にやめなきゃいけないほど悪いもんじゃないと思うけど、3回食べたくなるうちの1回だけとかにしようσ(´┰`=)

 

これ見てくれてるあなたは、今ハマって食べてるものありますか?^^

 

なんでも食べ過ぎはよくないけど、そういうものがあると心が和むよね。

テレワーク始めた人とかはわかってくれるかもしれないけど、家の中って結構気が散るようなトラップがいっぱいあるよね。

 

特に仕事する部屋で、寝るのも本読むのもごはん食べるのも全部やってるみたいな場合は大変。

 

なんていうか何やってても「こんなことやってる場合?」って思っちゃうのよね(;^ω^)

 

そこで考えたのが、脳内ナレーション。

 

手強い仕事やってる時は、「会社の威信は、全てばく。の手にかかっていた・・・・」って流す(´∀`)<プロ○ェクトX?

 

全然集中できてないなーって思ったら、「この女、後に○○を革命的に変えるキーパーソンとなるのだが、それはまた、別のおはなし・・・・」って 笑

 

あとは、会社とかが決めたのと別に、自分でお気に入りの肩書を作る。

 

「硬い金具をあの手この手でこじ開ける、金具開けの匠」とか。

 

「狙ったミスプリは逃がさねぇ、ミスプリスナイパーばく。」とか 笑

 

私が単純だからかもしれないけど、やる気出る^^

は、母がよく言う言葉。

 

「もう、いつまで経っても文学少女みたいなこと言って 笑」って笑ってたけど、

 

今ほどこの、心の自由の大事さを痛感したことはなかったよ。

 

心を縛りつけられてもなんとなく文句言っちゃいけないような気にさせられてしまう風土が、もともと日本にはあるようで。

 

もちろん、だれに迷惑かけようが好き勝手していいって言いたいわけじゃなくてさ。

 

今みたいに訳あってできるだけ外出しないようにしなきゃいけない時も、

 

「外出しない、人に会わない」っていう行動だけ、足並みが揃ってればいいんであって。

 

なんか絆絆言われると、物理的には離れてても心理的な距離が密過ぎて息が詰まっちゃうのよね。。

 

だってさ、家によって自粛の難易度って変わると思うもん。

 

経済的に豊かな、健康な大人ばっかりで住んでるおうちにとっては、そんなに難しいことじゃないでしょきっと。

 

でも元気が有り余ってる小さい子が居るおうちは・・・?

 

「子どもが居る家」っていう同じカテゴリの中でも、小さいワンルームのアパートに子どもがたくさんすし詰めみたいになって自粛するのと、

 

お庭やベランダがあって、そこで子どもを遊ばせてあげられるおうちの人とだったら、そりゃストレスの度合いが違うよね。

 

私も子どもの頃は社宅のアパートで暮らしてたけど、いつも「騒ぐならお外で遊んできな!」って言われたよ 笑

 

それぞれ事情が違うんだから、やっぱりそこんとこ思いを馳せるって大事だと思う。

 

こっちの都合なんかなんにも考えてくれないのに、ルールだから守れ!って縛りつけられたら、

 

なにが絆だ!なんで私は尊重されないのにルールだけ守らなきゃいけないんだ!って言われてもまぁ、

 

そりゃそう思うよねぇ・・・・って。

 

ねぇ、大変ですよねぇ。。しんどいけど、病気広がったら結局みんな困ってしまうから、できるだけ外に出ずに過ごせる方法みんなで考えましょうねぇ。

 

って言われるのと、どっちが聞きやすいかってことよ。

 

絆云々言うなら、そういうふうにするのがほんとでしょと思う。

 

心が密でもなんもいいことないよ。

 

みんなが自分と同じように考えてる前提で動くと、無理解とか無共感しか生まれない。

 

一心同体は寂しいことよ。

 

あなたと私は違うっていう前提じゃないと、共感も会話もできないのよね。

食べるのに困るくらい生活が大変になってる人も多いみたいね。

 

特にシングルマザーの人とか、食べ盛りの子を抱えてるのに明日食べるものもない状態って人も居るみたい。

 

微力ながら私も、子ども食堂やってる人のところにちょっとだけお米送ったりしたよ。

 

 
どの子もお腹いっぱい食べて大きくなってほしいなーって、お千代が身近にいると思う。
 
夢見る夢子ちゃんとか言われることもあるけど、なーんも思わないよりいいじゃない、ねぇ?(´▽`*)アハハ