小さな活動を始める前に…ちょこっとブログ 「ありがとう」からはじめたいこと 編
ちは、ばくしんです。
ここ数回のブログに本当に多くの方から大きな反響を戴きました。
まずはじめに・・・
バスの駆除活動に関して自分が思う事について
多くのコメントやメッセージ、メールを戴きました。
日本国内でのバスや外来種の共存に賛成の方も反対の方も駆除派の方も…
自分の書いた記事に対して真剣に読んでいただき、
日本でのバスや外来種の存在意義について真摯に考えていただけた事に
深く感謝致します。
皆さん、ありがとうございます。
色々議論を交わしたい方も居てくださったのですが、今の自分には
共存に付いても駆除に付いても十分な議論が出来るとは思っておりません。
本当に知らないといけない事が多いのでまずは正確に、多角的に
そして、多くの方からも学ぶ事が必要であると感じています。
ぼやけた感じで「小さな活動」と書いた訳ではありませんが、
その活動をはじめる前に、やるべき事がたくさんあると感じています。
そして、なぜ?その小さな活動をはじめるかについてですが、
自分にとって日本でのバスフィッシングは幼少の頃から親しんできた遊びでした。
それがただ好きなだけで自分の人生を左右する存在になって行き
そして、紆余曲折を経て今の自分がここにあります。
自分にとっては良い事も悪い事も学ぶ事や経験する事が出来た貴重な存在です。
そして今、ブラックバスと関わる一つの行為のバスフィッシングが
日本では不必要とされる時代が訪れようとしています。
それは、バスと言う魚が自然と淘汰されたり、駆逐されて行く事によって
減少し、釣りの存続が困難になった訳でもなく、駆除を進める上で
釣りをする人にも駆除の協力と言う形でリリース禁止になったり、
マナーの悪さの問題等で釣りを禁止する地域が生じてきました。
自分はこの事の「一部」に大きな疑問を持っています。
数年前、有名な人や芸能人、テレビ等がはやし立てたり、
子供向けのアニメになった頃には駆除や問題点に多くの人が言及する事は無く、
バスフィッシングを趣味としていたこんな自分にもバスフィッシングの
手ほどきを求めてくる人がたくさん居ました。
それがブームが去り、多くの人は何かの理由でバスフィッシングから離れて行きました。
そして、本当にバスフィッシングの楽しさを理解し、曲がっている自然と言えど、
日本の自然とうまく付き合える釣り人が釣りを続けて行く時代が訪れました。
自分が幼少の頃、釣り場は御世辞にもゴミの無いきれいな環境であったとは
言えませんが、一部のマナーの悪い人が出すゴミ以外は無い状態でした。
そこにアウトドアブームが訪れ、心ない釣りの本質を理解する前の人が多く流れ込み、
釣り場には多くのゴミやアウトドアを楽しんだ後にでる食事やたき火の後をはじめ
多くの釣りに関わるゴミも恐ろしいほど溢れかえる釣り場に変貌を遂げました。
その当時は「竿を持って行けば釣り具は現地で揃う」と悪い冗談を言えるほど
釣り場は散らかって居ました。
しかし、その後は多くのメーカーやメディアが中心となってゴミやマナーについての
啓蒙活動が起こり、本当に釣りを愛する人は釣り場を出来るだけ汚さないように
心がけるようになりました。
一概には言えませんが、釣り場を汚したりマナーを理解していない人の多くは初心者です。
釣りを愛する者として、多くの方が釣りに関心を持つ事は本当に嬉しい事なのですが、
どうしても釣りという行為では単純に魚を釣ると言う結果やそれに至るまでの
テクニックばかりに意識が向いてしまうのは仕方が無いのかも知れません。
しかし、更に釣りに精通し、本当に釣りの本質を理解するようになれば
愛する釣り場を汚す事は無くなり、より良い交流を他の釣り人とはじめるようになります。
私が子供の頃には釣り場ではまず、人に挨拶をしろと親に言われたものでした。
先人となる釣り人の多くは挨拶をし、会話をする事でマナーや技術を伝授して
くれたものでした。もちろん、マナーが悪いとおじさんからげんこつを貰う事も…。
それが今はこう言った交流が減り、自分勝手な行いをする人が増えてきました。
誰か仲間や釣りの先輩に学ぶ機会が減ったからかも知れません。
ネットやメディアでの独学故の人と関わらない釣りへの入門もその理由かも知れません。
しかし、釣りを知れば知るほど学べば学ぶほど、釣り人が交流し意見を交換する機会は
自然と多くなります。
多くの人との交流が図れる釣りの文化は本当に素晴らしいと思っています。
釣りをしない一般の方には自然を汚す悪い人のイメージもあるかもしれません。
しかし、まだまだではありますが釣り場を大切にする人も増えてきている事は事実です。
少し話がそれて長くなりましたがこう言った経験を積ませてくれたのは
自分に取ってはバスフィッシングでした。
そして、こんな自分はバスフィッシングの本質を知る為にアメリカに渡るようにもなりました。
バスフィッシングを知らなければ海外や世界に目が向かなかったかもしれません。
本当に大切な経験を積ませてくれたものであると思っています。
そして、本場アメリカにはもっと大切な学ぶべき事がたくさんある事も知りました。
一般市民の方には印象の悪くなったバスフィッシングかも知れませんが、
自分に取って大切な事であるのは間違いありません。
そこまで好きならアメリカへ行けと言われる方も居るかも知れませんが、
本当に日本でバスフィッシングが出来なくなれば渡米しようと思っている自分が居ます。
しかし、これは心の底から願う事ではありません。
今の日本のバスフィッシングを楽しむ方の多くは趣味として関わっている方が殆んどです。
なので、釣りが出来なくなれば辞めても良いと思う方も多いかも知れません。
また、生きがいを無くし途方に暮れる方も居ると思います。
そして、今、自分が思う事は・・・
「日本で普通に暮らしていて、釣りをしない方がどれほどバスと言う魚に関わりがあるのか?」
「本当にバスと言う魚を理解して日本にその魚が居る事を容認、もしくは反対しているのか?」
「バスと関わる釣り人等に対してどんな印象を持っているのか?」と言う事です。
ここからは憶測ですが、釣りをしない人はバスと言う魚の本質を知る事は無いでしょう。
たとえ話ですが、自分は猫アレルギー体質です。
なので猫と関わる機会は殆んどありません。
ここからは猫を愛好する人を否定する意味で書く訳ではありませんのでご理解ください。
自分は猫に触るとじんましんが全身に出るので触る事はまずありえません。
しかし、多くの猫の愛好家が居ます。
そして、たまに猫を飼っている方が猫への愛情やその可愛らしさを伝えようとします。
しかし、自分はそれを理解しようとも触ろうとも思いません。
もちろん、見た目はかわいいですしその仕草も嫌いではありません。
しかし、下手をすれば話を聞くだけでもじんましんが出た自分を思い出し、
体がかゆくなってくる時もあります。
また、猫の糞にも悩まされます。うちの庭に来るのはおそらく飼い猫です。
これって飼い主のマナーの問題としてどうなんでしょうか?
猫の臭いやどこかに付いた猫の毛に触れるだけでもじんましんが出ます。
これってなんとかしてくれないものだろうか?
と思っても、多くの人が暮らす社会の中ではある程度の理解として
時には我慢する等して飲み込まなくてはなりません。
ほんのたとえ話ですが普段の生活の中で自分には上の事が起こります。
もう一つ、ついでに上げるとスギ花粉も多くの方に迷惑をかけています。
杉の木を植えている一般市民は殆んど居ないので杉を維持している林業の方に、
なんとかしてくれませんか?と訴える人も殆んど居ないと思います。
さて、話をバスに戻します。釣りをしない一般市民の皆さんは
普段の生活でバスによって被害が出る方はどのくらい居るでしょうか?
また、バスによって被害を被る方はどのくらい居るのでしょうか?
自分は普段の生活の中ではバスに何か被害を受ける事はまずありません。
また、毒のあるクモ等、一部の外来生物以外から被害を被る事はありません。
先日のパブリックコメントで知りましたが本当に多くの生物が
駆除対象になっています。これには本当に驚きました。
では、何の被害も無い人がなぜここまでバスや外来生物に駆除論や非難をするのか?
自分が思うには単純に「環境」と言う言葉を振りかざす環境派気取りの政治家や
バスは他の魚を食べ尽くすと言ったテレビでのイメージ操作なのでのミスリード
を鵜呑みにしている方が殆どで駆除や非難をしているのが殆んどだと思っています。
バスはバス以外の全ての生物を食べ尽くす!なんて思う人が多く居る事が
本当に残念に思います。
確かに、池等の閉鎖された小さな水域ではバスの食べ尽くしはおこりえると思います。
しかし、ある程度の広さのある水域や河川等、ではその事は起こりにくいと思います。
生物ピラミッドと言う食物連鎖の図を小学生の頃に皆さん学んだと思います。
その頂点の生物は決してその他の生物を駆逐しきる事は無いと学んだと思います。
むしろ、そのバランスが崩れた時は一番はじめにその頂点の生物が居なくなる事も。
誤解の無いように書き足しておきますが…
自分はある程度のバスの駆除には理解しています。
それは自然に存在する小さな閉鎖された日本の自然本来の水域での駆除です。
良く、池の魚が食い尽くされる等の話を聞きますが、
私たちの生活する付近にある池はその殆どが自然に出来た池ではありません。
多くは農業用水等にする為に人工的に作られたものが殆んどです。
なのでその池の所有者の多くが個人です。
もし、誰かが魚を養育している池にバスを放せばそれは犯罪だと思っています。
また、琵琶湖や規模の大きな水域では一時的にバスが増える事は考えられますが
ある程度の時期を過ぎれば減少し、安定した時期が訪れると思っています。
これはその他の生物ピラミッドのバランスから考察するものです。
なので、今の日本の多くの自然湖では安定期が訪れていると思います。
この状態からの駆除はあまり必要ないのではないかと思っています。
人間の手によって崩された生物バランスは淘汰も含めて自然が整えてゆくのだと。
自分はそう思っています。
また、漁業関係の方に迷惑がかかる場合の駆除も理解しています。
なので自分はその事について正しい駆除活動が行われる事に異議は唱えません。
この事はまたの機会に書こうと思います。
長くなってきたのでまとめにはいります。
バス愛する人、バスフィッシングを続けて行きたい人。
まずはバスについての正しい知識を一般市民に伝えなくてはいけません。
ただ、単純にバス釣りが好きだから…ではバスフィッシングへの理解はあり得ません。
そんな理由をパブリックコメント等で行政に送っても一切通じるとも思いません。
多くの一般市民に理解してもらうにはしっかりとした存在意義を唱えなくてはいけません。
その一番理解を得れるであろう事が「経済活動として大きな成果を上げる事」と
それなりの「理解者の数の存在」がその将来を左右すると言う事を知らなくてはいけません。
日本国は民主主義と経済で成り立つ国です。
そこに貢献しない限り、日本のバスフィッシングに明るい未来はありません。
バスが、バスフィッシングが一般市民に如何に理解され、存在を認めてもらうべきかを
考えなくてはいけません。また、多くの愛好家がそれを模索しているでしょう。
自分なりの思いついた結果を行動としておこす。これが小さな活動です。
前のブログにも書きましたが4月頃にその内容をSNSなどで広めます。
それまでは身近な理解者にその意義や正否を問い続けてみます。
バスフィッシングの話を書きましたがその他の外来生物を愛好する人も
その存在意義を考える時が訪れていたり過ぎていたりする今を
知らなくてはいけないのでは無いかと思います。
もっと思いはたくさんあるのですが長くなりすぎたのでここまでにします。
長文、読んでいただいた方、ありがとうございました。
また、今回の記事に付いて、今の時点では誰とも議論をする気はありません。
読んでくださった方がそれぞれに考えたり、そぐわない時は放置してください。
よろしくお願いします。
では。
ここ数回のブログに本当に多くの方から大きな反響を戴きました。
まずはじめに・・・
バスの駆除活動に関して自分が思う事について
多くのコメントやメッセージ、メールを戴きました。
日本国内でのバスや外来種の共存に賛成の方も反対の方も駆除派の方も…
自分の書いた記事に対して真剣に読んでいただき、
日本でのバスや外来種の存在意義について真摯に考えていただけた事に
深く感謝致します。
皆さん、ありがとうございます。
色々議論を交わしたい方も居てくださったのですが、今の自分には
共存に付いても駆除に付いても十分な議論が出来るとは思っておりません。
本当に知らないといけない事が多いのでまずは正確に、多角的に
そして、多くの方からも学ぶ事が必要であると感じています。
ぼやけた感じで「小さな活動」と書いた訳ではありませんが、
その活動をはじめる前に、やるべき事がたくさんあると感じています。
そして、なぜ?その小さな活動をはじめるかについてですが、
自分にとって日本でのバスフィッシングは幼少の頃から親しんできた遊びでした。
それがただ好きなだけで自分の人生を左右する存在になって行き
そして、紆余曲折を経て今の自分がここにあります。
自分にとっては良い事も悪い事も学ぶ事や経験する事が出来た貴重な存在です。
そして今、ブラックバスと関わる一つの行為のバスフィッシングが
日本では不必要とされる時代が訪れようとしています。
それは、バスと言う魚が自然と淘汰されたり、駆逐されて行く事によって
減少し、釣りの存続が困難になった訳でもなく、駆除を進める上で
釣りをする人にも駆除の協力と言う形でリリース禁止になったり、
マナーの悪さの問題等で釣りを禁止する地域が生じてきました。
自分はこの事の「一部」に大きな疑問を持っています。
数年前、有名な人や芸能人、テレビ等がはやし立てたり、
子供向けのアニメになった頃には駆除や問題点に多くの人が言及する事は無く、
バスフィッシングを趣味としていたこんな自分にもバスフィッシングの
手ほどきを求めてくる人がたくさん居ました。
それがブームが去り、多くの人は何かの理由でバスフィッシングから離れて行きました。
そして、本当にバスフィッシングの楽しさを理解し、曲がっている自然と言えど、
日本の自然とうまく付き合える釣り人が釣りを続けて行く時代が訪れました。
自分が幼少の頃、釣り場は御世辞にもゴミの無いきれいな環境であったとは
言えませんが、一部のマナーの悪い人が出すゴミ以外は無い状態でした。
そこにアウトドアブームが訪れ、心ない釣りの本質を理解する前の人が多く流れ込み、
釣り場には多くのゴミやアウトドアを楽しんだ後にでる食事やたき火の後をはじめ
多くの釣りに関わるゴミも恐ろしいほど溢れかえる釣り場に変貌を遂げました。
その当時は「竿を持って行けば釣り具は現地で揃う」と悪い冗談を言えるほど
釣り場は散らかって居ました。
しかし、その後は多くのメーカーやメディアが中心となってゴミやマナーについての
啓蒙活動が起こり、本当に釣りを愛する人は釣り場を出来るだけ汚さないように
心がけるようになりました。
一概には言えませんが、釣り場を汚したりマナーを理解していない人の多くは初心者です。
釣りを愛する者として、多くの方が釣りに関心を持つ事は本当に嬉しい事なのですが、
どうしても釣りという行為では単純に魚を釣ると言う結果やそれに至るまでの
テクニックばかりに意識が向いてしまうのは仕方が無いのかも知れません。
しかし、更に釣りに精通し、本当に釣りの本質を理解するようになれば
愛する釣り場を汚す事は無くなり、より良い交流を他の釣り人とはじめるようになります。
私が子供の頃には釣り場ではまず、人に挨拶をしろと親に言われたものでした。
先人となる釣り人の多くは挨拶をし、会話をする事でマナーや技術を伝授して
くれたものでした。もちろん、マナーが悪いとおじさんからげんこつを貰う事も…。
それが今はこう言った交流が減り、自分勝手な行いをする人が増えてきました。
誰か仲間や釣りの先輩に学ぶ機会が減ったからかも知れません。
ネットやメディアでの独学故の人と関わらない釣りへの入門もその理由かも知れません。
しかし、釣りを知れば知るほど学べば学ぶほど、釣り人が交流し意見を交換する機会は
自然と多くなります。
多くの人との交流が図れる釣りの文化は本当に素晴らしいと思っています。
釣りをしない一般の方には自然を汚す悪い人のイメージもあるかもしれません。
しかし、まだまだではありますが釣り場を大切にする人も増えてきている事は事実です。
少し話がそれて長くなりましたがこう言った経験を積ませてくれたのは
自分に取ってはバスフィッシングでした。
そして、こんな自分はバスフィッシングの本質を知る為にアメリカに渡るようにもなりました。
バスフィッシングを知らなければ海外や世界に目が向かなかったかもしれません。
本当に大切な経験を積ませてくれたものであると思っています。
そして、本場アメリカにはもっと大切な学ぶべき事がたくさんある事も知りました。
一般市民の方には印象の悪くなったバスフィッシングかも知れませんが、
自分に取って大切な事であるのは間違いありません。
そこまで好きならアメリカへ行けと言われる方も居るかも知れませんが、
本当に日本でバスフィッシングが出来なくなれば渡米しようと思っている自分が居ます。
しかし、これは心の底から願う事ではありません。
今の日本のバスフィッシングを楽しむ方の多くは趣味として関わっている方が殆んどです。
なので、釣りが出来なくなれば辞めても良いと思う方も多いかも知れません。
また、生きがいを無くし途方に暮れる方も居ると思います。
そして、今、自分が思う事は・・・
「日本で普通に暮らしていて、釣りをしない方がどれほどバスと言う魚に関わりがあるのか?」
「本当にバスと言う魚を理解して日本にその魚が居る事を容認、もしくは反対しているのか?」
「バスと関わる釣り人等に対してどんな印象を持っているのか?」と言う事です。
ここからは憶測ですが、釣りをしない人はバスと言う魚の本質を知る事は無いでしょう。
たとえ話ですが、自分は猫アレルギー体質です。
なので猫と関わる機会は殆んどありません。
ここからは猫を愛好する人を否定する意味で書く訳ではありませんのでご理解ください。
自分は猫に触るとじんましんが全身に出るので触る事はまずありえません。
しかし、多くの猫の愛好家が居ます。
そして、たまに猫を飼っている方が猫への愛情やその可愛らしさを伝えようとします。
しかし、自分はそれを理解しようとも触ろうとも思いません。
もちろん、見た目はかわいいですしその仕草も嫌いではありません。
しかし、下手をすれば話を聞くだけでもじんましんが出た自分を思い出し、
体がかゆくなってくる時もあります。
また、猫の糞にも悩まされます。うちの庭に来るのはおそらく飼い猫です。
これって飼い主のマナーの問題としてどうなんでしょうか?
猫の臭いやどこかに付いた猫の毛に触れるだけでもじんましんが出ます。
これってなんとかしてくれないものだろうか?
と思っても、多くの人が暮らす社会の中ではある程度の理解として
時には我慢する等して飲み込まなくてはなりません。
ほんのたとえ話ですが普段の生活の中で自分には上の事が起こります。
もう一つ、ついでに上げるとスギ花粉も多くの方に迷惑をかけています。
杉の木を植えている一般市民は殆んど居ないので杉を維持している林業の方に、
なんとかしてくれませんか?と訴える人も殆んど居ないと思います。
さて、話をバスに戻します。釣りをしない一般市民の皆さんは
普段の生活でバスによって被害が出る方はどのくらい居るでしょうか?
また、バスによって被害を被る方はどのくらい居るのでしょうか?
自分は普段の生活の中ではバスに何か被害を受ける事はまずありません。
また、毒のあるクモ等、一部の外来生物以外から被害を被る事はありません。
先日のパブリックコメントで知りましたが本当に多くの生物が
駆除対象になっています。これには本当に驚きました。
では、何の被害も無い人がなぜここまでバスや外来生物に駆除論や非難をするのか?
自分が思うには単純に「環境」と言う言葉を振りかざす環境派気取りの政治家や
バスは他の魚を食べ尽くすと言ったテレビでのイメージ操作なのでのミスリード
を鵜呑みにしている方が殆どで駆除や非難をしているのが殆んどだと思っています。
バスはバス以外の全ての生物を食べ尽くす!なんて思う人が多く居る事が
本当に残念に思います。
確かに、池等の閉鎖された小さな水域ではバスの食べ尽くしはおこりえると思います。
しかし、ある程度の広さのある水域や河川等、ではその事は起こりにくいと思います。
生物ピラミッドと言う食物連鎖の図を小学生の頃に皆さん学んだと思います。
その頂点の生物は決してその他の生物を駆逐しきる事は無いと学んだと思います。
むしろ、そのバランスが崩れた時は一番はじめにその頂点の生物が居なくなる事も。
誤解の無いように書き足しておきますが…
自分はある程度のバスの駆除には理解しています。
それは自然に存在する小さな閉鎖された日本の自然本来の水域での駆除です。
良く、池の魚が食い尽くされる等の話を聞きますが、
私たちの生活する付近にある池はその殆どが自然に出来た池ではありません。
多くは農業用水等にする為に人工的に作られたものが殆んどです。
なのでその池の所有者の多くが個人です。
もし、誰かが魚を養育している池にバスを放せばそれは犯罪だと思っています。
また、琵琶湖や規模の大きな水域では一時的にバスが増える事は考えられますが
ある程度の時期を過ぎれば減少し、安定した時期が訪れると思っています。
これはその他の生物ピラミッドのバランスから考察するものです。
なので、今の日本の多くの自然湖では安定期が訪れていると思います。
この状態からの駆除はあまり必要ないのではないかと思っています。
人間の手によって崩された生物バランスは淘汰も含めて自然が整えてゆくのだと。
自分はそう思っています。
また、漁業関係の方に迷惑がかかる場合の駆除も理解しています。
なので自分はその事について正しい駆除活動が行われる事に異議は唱えません。
この事はまたの機会に書こうと思います。
長くなってきたのでまとめにはいります。
バス愛する人、バスフィッシングを続けて行きたい人。
まずはバスについての正しい知識を一般市民に伝えなくてはいけません。
ただ、単純にバス釣りが好きだから…ではバスフィッシングへの理解はあり得ません。
そんな理由をパブリックコメント等で行政に送っても一切通じるとも思いません。
多くの一般市民に理解してもらうにはしっかりとした存在意義を唱えなくてはいけません。
その一番理解を得れるであろう事が「経済活動として大きな成果を上げる事」と
それなりの「理解者の数の存在」がその将来を左右すると言う事を知らなくてはいけません。
日本国は民主主義と経済で成り立つ国です。
そこに貢献しない限り、日本のバスフィッシングに明るい未来はありません。
バスが、バスフィッシングが一般市民に如何に理解され、存在を認めてもらうべきかを
考えなくてはいけません。また、多くの愛好家がそれを模索しているでしょう。
自分なりの思いついた結果を行動としておこす。これが小さな活動です。
前のブログにも書きましたが4月頃にその内容をSNSなどで広めます。
それまでは身近な理解者にその意義や正否を問い続けてみます。
バスフィッシングの話を書きましたがその他の外来生物を愛好する人も
その存在意義を考える時が訪れていたり過ぎていたりする今を
知らなくてはいけないのでは無いかと思います。
もっと思いはたくさんあるのですが長くなりすぎたのでここまでにします。
長文、読んでいただいた方、ありがとうございました。
また、今回の記事に付いて、今の時点では誰とも議論をする気はありません。
読んでくださった方がそれぞれに考えたり、そぐわない時は放置してください。
よろしくお願いします。
では。