いつの間にか現れた
儂より一回り大きな男が
剣を握ったまま
男達に命じて
イカサマに腹を立て
先にナイフを抜いた男を裏に連れてった
その傍ら
他の男達に
イカサマ師の骸を片付けさせて
血で汚れた床を拭かせ
ひっくり返ったテーブルを起こさせ
倒れた椅子を戻させて
すっかり混乱が収まった様な酒場は
先程より減った客など意に返さず
端から何もなかったかの如く営業を続ける
一瞬で起きた修羅場を
慌てず騒がず
あっさりと片付けさせた手際の良さに
ぼうっと見ていただけの
逃げ損ねた儂も
ルスカと伴に席に着く
倒れた銅製の杯は空っぽで
黄金色の麦酒はテーブルの上に
小さい水溜りを作っていた
幾分かは粗削りの板木に
吸われたのかも知れないが
それを見てとったのか
大きな男が女給に指示して
新しく満たした杯を持って来させた
「おうっあんちゃん いっぱいやってくれ」
とでも
言っていたのだろう
遠慮している訳ではないが
手を出し倦ねていた儂を尻目に
ルスカがグイグイっと飲み込んだ
「あんたも 根性座ってんなぁ」
んぐっんぐっと中途半端な声と伴に
グイっともう一口で飲み干すと
口元を拭って
「この街じゃ珍しくはないわい」と
半分一人言の様に呟き
床に目を落として小さく笑った
其の言葉は怒りか
或は諦めと其れに対して何も出来なかった
己の不甲斐なさの表れなのか
この年寄りと云うには未だ早いが
如何にも苦労が顔に滲み出て
老けさせた様な男の
皮肉な笑みを引き出させたのかも知れない
初見の印象とは全く別の
顔を見せたルスカに
杯を押し出すと
チラっと見詰めたあと
再び良い飲みっぷりで呑み干した
「好みに合わんかったかのぅ」
いやっそう云う訳ではないし
そんな高級な舌でもないが
「うぅぅん 冷えてたら旨いかも知れんが」
「かっかっかっ そりゃ贅沢じゃのう」
此の世界にも氷は存在するらしいが
遠くから運んで来なけりゃ成らず
人と馬車を雇うには金が要る
金持ちの貴族にとっても
贅沢品だと言う
「お前さん 何処から来なさった」
矢張り其処が気に為るのは
誰もがみな同じらしいが
其れに対する答えは曖昧にしたい
と云うより
儂だって判っていないんじゃっ
知っていたら直ぐにでも帰りたいんだから
だから明瞭りとは応えられないのだが
其れが疑われる所以なんだよなぁ
「っちゅう訳で分からん」
ルスカが此の説明で
納得していないのは確かだが
まぁ其れ以上しつこく聞く事はなかった
自分と同じく
他人に言いたくない過去が有るのは
誰も彼も一緒だと
判断したのかも知れないし
まぁどうでも良いと考えたのかも知れない
少なくとも此の時点は
「おいっオレの酒が飲めんてかっ」
どうやら儂等のやり取りを
ずっと見て聞いていたらしい
大きな男が近付き乍ら
あやを就けてきた
「酒場の主のヴォレヌスじゃ」
ルスカが紹介して呉たが
自己紹介する気には為らなかった
今の処は
我が名はオズマ
未知の世界を旅する者
誰にでも愛想良く出来る訳ではない